第29話 最も強い者
「ちょっと待って、お爺様夫婦の良い話みたいにまとめようとしてるけれど、麗華は何なの?」
麗華が年下の従妹だと知らされた梨沙は遠慮なく呼び捨てにして言った。
「麗華は本当に人を殺したの!?
どうして事件にならなかったの!?
麗華の中に一族の長に取り憑く邪悪な蛇がいるですって!?
なぜ、それが麗華に憑くわけ!?
それじゃ麗華が一族の長だって言ってるようなものじゃないの!!
あんな、あんな、ボンクラでデタラメで、何一つまともに成し遂げた事の無い出来損ないなのに!!」
麗華の事を悪く言おうとして、自分にはディスりのボキャが不足している事に気付いた梨沙は思いを吐き出し切れずに悔しがった。宝塚時代にもっと悪役をしておくべきだった。
「誘拐されたのが梨沙ちゃんでなくて本当に良かったわ。梨沙ちゃんだったら酷いことになってた」
登美子が背にする窓から見えるのは緑の木々と所々に咲いた花々と手入れされた芝生ばかりで、まるで深い森の中にいるように思えた。
「隆志の週刊誌が余程都合の悪い記事を載せると知って、それを止めようと脅迫するつもりで麗華を誘拐したのでしょうけれど、私たち何も知らないのよ。
脅されていないし、何も要求されていない。隆志の週刊誌は予定通りに出て、大きな騒ぎになったけれど、それだけよ。他には何も起こっていないわ。
何かが起こる前に麗華がみな片付けてしまった。何を成そうと考えての行動じゃないと思うけど。
世間にだって知られていないわ。昭島が私たちの前に現れてあの写真を見せなかったら私たちも知らなかったでしょうね。
あの写真も本当かどうか分からないのよ。誘拐犯たちを麗華が殺したと昭島が言っているだけ。
それを龍蔵が見たと言うから、私たちはそれを受け入れたの、それだけよ」
「あくまでもお爺様の中に邪悪な蛇がいたと言うのが全ての根底になると言うのね。
それが今は麗華の中にいると」
「芳醇な酒にも本当は賞味期限があるそうよ。古ければ古いほど良くなるのではなくてね。それに保存状態も味を変えてしまう。
呪いもそうだと思わない?」
「呪いの賞味期限ですって?」
登美子と梨沙のやり取りをつまらないという風に聞いていた山瀬がふと表情を変え、またすぐに無関心な風になった。
「邪悪な蛇はね、躊躇なく人を殺す麗華のその瞬間だけを見て、最も強い者として新しい宿主に麗華を選んだのよ。
でもね、見知らぬ男たちの欲望の眼差しを、その下半身に集めようと高い台に並んで半裸で踊るのが好きだった女から産まれた麗華が、私たちの頭目になれるわけがないじゃない。
邪悪な蛇はね、余りにも長い間、人間の一族に寄生してのうのうと生きて来たから、そういう眼力さえ無くしてしまったのよ」
梨沙の耳に聞こえたのは麗華を産んだ女のことだけだった。梨沙は嫌悪感をあらわにした。
「ところが、麗華が超人になったのは後にも先にもあの時だけ。蛇も当てが外れたでしょうね。
生まれがどうとか言う以前に、麗華には何の能力もない。生まれながらの才能もない、努力もしない、出来るのは人から奪い取ることだけ。
あれじゃ、いくら邪悪な蛇が憑いていてもオママゴトを仕切るくらいしか出来ないでしょう」
登美子が梨沙以上に麗華をこき下ろすので、逆に梨沙は冷静さを取り戻した。
「それなら、もう一度戻るとか、現実に力を振るえる誰かに乗り換えなかったの?」
「い、いったい誰に取り憑かせようって言うんだ!!」
今まで室内に背を向けて話に一切言葉を挟まなかった美津雄は、梨沙の言葉にギクリとなって、反射的に振り返り言い返した。
その剣幕に梨沙は驚いた。美津雄の表情は恐怖と緊張に引き攣っている。それまで梨沙は邪悪な蛇を現実の事として受け止めていなかったが、美津雄は本当に恐れているのだ。
「ああ、ごめん、驚かせたね」
美津雄は平素の柔らかな口調にしようと努めていたが、表情からも声からも緊張を消す事は出来なかった。
「あれは宿主より若い者しか選ばないんだよ」
「父さん? どうしてそれが分かるんだ?」
山瀬の声は震えていた。この席で麗華より若いと言ったら山瀬しかいないのだ。
「声がしていたんだよ、あれが親爺に憑いている間はずっと、力を見せろ、誰よりも強いなら世界をやろうって誘惑する声が。
きっと
親爺にあれがいなくなってからは、それが全くない」
美津雄は山瀬の近くまで行くと肩を掴んで顔を覗き込むようにして言った。
「
美津雄は何時にない鬼気迫る表情で山瀬に言った。山瀬の中で美津雄の言葉の意味するものが次第にハッキリと伝わって来た。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
山瀬は叫び声を上げると頭を掻きむしるようにしながらテーブルに突っ伏した。
「まぁまぁ、どうしたって言うの。大丈夫よ、美津雄の言う通り麗華より優れてるって見せつけなければ良いのよ、頭角を表そうなんてしなくていいの。それで邪悪な蛇を避けられる。あなたは無事に生きられるの」
登美子になだめられても山瀬は取り乱すばかりだった。
「酷い、酷いよぉー、僕は、僕は、麗華なんかより、ずっとずっと優れているのにー、やりたい事だってあるんだー」
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