第二章 ノベライズ

第24話 通過儀礼

「山瀬クン、いるの?」


会議室のドアをノックしながら梨沙は尋ねた。返事はなかったが中にいると確信しているのでノックを繰り返す。


「梨沙ネエ? 開けていいよ」


ようやっと山瀬の間延びした声がした。梨沙は会議室のドアを開ける。


「コウメイさんとのホットラインって、要するにLINEとかと同じで、どこでも出来る事じゃない。どうして会社の会議室で寝泊まりしてまでするわけ? 家に帰ればいいのに」


「男のロマンです~」


ヨレヨレになった山瀬は答えた。


「社長が麗華叔母様の事で話があるそうよ。お坊ちゃまだから、そのまんまでパパに会いに行っても問題ないかな?」


「へえ? 麗華叔母さんの事?」


一応身支度を整えた山瀬と梨沙は美津雄のいる社長室へ向かった。


「経理がこれを持って来てね、何か知ってるなら教えて欲しいんだよ」


美津雄は何枚かの領収証を梨沙と山瀬に示して言った。山瀬は指で差しながらケタを数えてみせ、梨沙は深いため息をついた。


「麗華に関わる事で何かあれば、他に言わず自分に直で言ってくれと伝えてあるんだ。何とでも出来るから問題にならない形に出来るんだが、どこに使ったのか知りたいと思ってね」


山瀬は美津雄に自分のスマートフォンで麗華の動画を見せた。


「『光明のさざめき』ってのは、この動画を作るための機材とアプリその他一式で、宝飾店の方は、ほらこの手にあるのがリモコンなんだけど」


山瀬はジュエリーで飾ったリモコンがよく見える所で画面をタップして動画を一時停止して美津雄が確認出来るようにした。


「宝石で飾ってあるでしょう? これのお代だと思うよ」


映像を通してさえも、ただならぬ輝きが見てとれるジュエリーと書類にある宝飾店の名とを美津雄は交互に見た。


「なるほど、金額に間違いはなさそうだね。ところで、この動画は何なんだ?」


「麗華叔母さんの『お気持ち』?」


「お気持ち?」


「そう、平凡な僕には計り知れない」


「社長、いえ、叔父様」


山瀬のように茶化す余裕は梨沙にはなかった。


「麗華叔母様は、いつまで日本にいるんでしょう?」


「麗華は海外に行ってる方がいいと?」


「でしょ?」


「う~ん、色々あってね、搭乗拒否されない航空会社を探すのが難しいくらいで、いっそ日本から出さない方が良いかも知れないと、親爺は言ってるんだよ」


美津雄のこの弱気さには、何が潜んでいるのだろうと、梨沙はその表情を鋭い目で見た。梨沙の視線を静かに受け止めていた美津雄は、やがて穏やかな口調で言った。


「そうだね、君たちも親爺から直接話を聞いておく必要があるね。


というか、とっくにその時期を過ぎてるよね、通過儀礼が必要だ」


美津雄はデスクの内線電話のボタンを押して言葉を続ける。


「会長宅に、梨沙たちを連れて会いに行くと伝えてくれ。車の用意も頼む。すぐに降りて行く」


用意された社長の専用車で美津雄と共に梨沙と山瀬は会長である祖父、龍蔵に会いに行った。


ビルばかりの都心を離れ車は住宅街に入った。遠くに高さのあるケヤキやイチョウの木がひょっこり生えている合間に色々な種類の木々のある小規模な森が見えて、やがて御影石みかげいしの長い長い切れ目のない塀が現れる。


御影石の塀に沿ってしばらく走ると大きな門があるので敷地内に入る。梅、桃、桜、木蓮、沈丁花、百日紅、梔子、椛に椿。季節ごとに色とりどりの花をつける、この木々に囲まれた庭の中に龍蔵夫婦の家がある。


文人、歌人、映画、演劇に関わる親戚たちで、にぎやかに集まる時とは雰囲気が違うと梨沙と山瀬は感じていた。車寄せを巡って玄関前で車は止まった。


「いらっしゃい、待っていたわ」


知らせを受けていた登美子は玄関まで出迎えに出ていた。陽のよく射し込む広い部屋に案内され、窓の近くの車椅子に龍蔵はいた。車椅子が静かに動き出し龍蔵は美津雄に向き合った。


「改まって訪ねて来るとは、何事かな?」


龍蔵は口を動かさずに言った。口だけではない、龍蔵は目元と口元の筋肉をわずかに動かす以外には指一本動かす事も出来ないのだ。


声は龍蔵の眼鏡グラスにあるスピーカーから出ている。龍蔵の声に似るように調整してあるが人口音声だった。車椅子もこの眼鏡グラスでコントロールしている。


「美津雄さん、こちらにお掛けなさい、梨沙ちゃんたちも」


登美子はそう声をかけて使用人に用意させたテーブルに招いた。登美子は山瀬を見ながら続けて言った。


「おチビさんも梨沙ちゃんの下で副編集長になったのよね。もうおチビさん扱いしていられないわね」


「麗華も何やら、やっているようで、動画を見せてくれるかな」


そう言って美津雄は山瀬に促し、山瀬はスマートフォンの動画を壁のテレビに転送して映し出した。龍蔵と登美子はテレビに映る麗華を見た。


「まあまあ、麗華じゃないの、可愛らしいこと」


登美子は小学生の学芸会でも見ているように言った。


「美津雄、これはどう言う事じゃな? なぜ麗華がテレビに出ているのじゃ?」


龍蔵のスピーカーから声がするのに美津雄が答える。


「いいえテレビの番組ではなく、麗華が個人的に作った物が世間インターネットに出回っているようです。詳しい事はこの二人が知っています」

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