第23話 邂逅

 梨沙たちは、あの秘密基地の入り口か宇宙船のハッチのようなドアの前にいた。予約番号を言うとドアが開いて、目の前に現れたVR映像は確かに麗華の動画の雰囲気に似ていた。


「ここがウワサの火星人の事務所なのね~」


 これを見たくて付いてきた明海は興奮気味に言った。


「ようこそ団体さん、一応言っておくと、おひとり様と約束したつもりなんだけど、まぁ、いいわ。光明のさざめきのコウメイよ」


「このVR映像は山瀬麗華が使ってるアプリと同じものだね? これは誰が作ったんです?」


「それで無料相談2つになるけど、よろしい?」山瀬の問い掛けにコウメイは答えた。「麗華さんのご紹介なのね? 一つ目、麗華さんのは最新式のフルセットだし、特注で新しく作ったオプション機能も追加したから、はるかに高機能よ。二つ目、作ってるのはウチの技術者」


「へぇ、君の身内が? オプション機能って、その技術者はどのくらいの事が出来るんだい?」


 山瀬は強い関心を隠せない様子だった。


「それはさ、具体的に言ってもらわないと、出来るか出来ないか分かんないよ」


「例えばVRでユーザーの網膜上あるいは脳内でムービーを再生させるとか、そのストーリー展開にユーザーが干渉出来るとか、それがユーザーも無意識のうちに好みの何かを登場させられる、みたいな」


 山瀬は普段と違う早口で畳み掛けるように言いつのり、コウメイは面白そうにそれを聞いていた。


「それが出来るようになると、すごーくパーソナルな、個人の性癖ど真ん中に刺さっちゃうムービーが出来るって聞こえるんだけど、そういう理解でいいの?」


「そう! まさにソレ! どう? 出来る?」


 コウメイは指輪タイプのリモコンを触りサングラスでも外すようにフィルターを消した。効果が外れると生々しい人間の姿が映されるようになった。


「面白いじゃない。出来る出来ないじゃなくて、やってみたいね」


「山瀬クン、そんな技術どこで使おうっていうの?」


「この脳内ムービーの骨子は連載マンガなんだよ。奇想天外なストーリーやキャラクターをゼロから作れる人なんて滅多にいないからね、何か取っ掛かりになるデータを提供し続けてあげないと。


 マンガだけでも楽しめるけれど、RVムービーセットを買えば脳内ムービーで自分好みにアレンジも出来る。


 先行ユーザーのレビューを誌面やインターネットに溢れさせ見込みユーザーの興味を引くんだ。


 ストーリー展開とキャラクターデータは紙媒体かネットの本誌『START』の付録だから、新規ユーザー獲得での本誌売り上げupも期待できる」


 山瀬は目をキラキラさせて早口でまくし立て続ける。梨沙は口をあんぐりして山瀬をまじまじと見た。


「山瀬クン、あなたその方面の才能があったのね」


「ポイントはね、このムービーは個人の脳内だけで見れるって事。誰も他人の脳内は覗けない。それでいて、ストーリー展開もキャラクターたちもプロの洗練されたデザインで具体的に見る事が出来るって事なんだ。


 それからマンガ家予備軍とか創作クラスタも見込みユーザーだよ。VRムービー創作キットさえ買えばオリジナル脳内ムービーが自由に作れる、二次創作も可能」


「うわ! なんかソレとんでもない事が出来ちゃわない!? いやだ、この人、すごく面白い!」


 VRではツルンとした印象だったコウメイは、内からエネルギーが滲み出て来るような男だった。


「こんな面白い事を考える人がいるなら、地球も捨てたもんじゃないね」


 梨沙はコウメイの手にある指輪タイプのウェラブル リモコンをじっと見た。それに気付いたコウメイは梨沙によく見えるようにVRの手を梨沙の方に差し出した。


「麗華叔母様のはリモコンも特別豪華にしたのね?」


「ああ、あれはウチのじゃないよ。麗華さんが自前で飾り立てたの。先に言ってくれたらいいのにさ、儲け損なったじゃないよ」


 どうでもいい様子でコウメイは言った。


「それより脳内ムービー、ほんとにやるの? やるならさぁ、開発費は取り敢えずウチが持つわ。その代わり、その後の展開に絡ませてよ~、ネットでの宣伝とか、うわ~、ワクワクする~」


 山瀬とコウメイは阿吽あうんの呼吸で意気投合し、梨沙と明海は退屈しながら待たされる事になった。途中でその不味い雰囲気に気付いたコウメイは、VRのホットラインに必要な物を何セットか送ると言い出した。


「取り敢えずホットライン出来るようになるだけの廉価版のセットだけど、この先の話はホットラインで出来るようになるわ」


 コウメイの事務所を出ると、それまでは会話に入れずにいた明海が弾けるように喋り出した。


「コウメイさんって本当に火星人なんでしょうかね~!? 副編集長がコウメイさんに作らせようとしてる物もすごそうですし~」


 しかし、山瀬の耳に明海の言葉は届いていない様子だった。


「あらまぁ~、コウメイさんが火星人なのか物体Xなのかは分かりませんけど、副編集長も宇宙の彼方に吹っ飛んで行ってるんですね~」


「ええ、当分地球に帰って来ない感じね」


 コウメイのVRのセットは翌日には届いた。たぶん火星直送ではなく地球にハブ倉庫があるのだろう。山瀬はその内の1つを取ると会議室に篭もってコウメイとホットラインを続けていた。

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