第22話 火星人ルル
間仕切りの役割りをしている書棚の切れ目から女たちはノロノロと出て来た。
麗華はVR映像で自分がまとっているドレスを事さらヒラヒラさせたり、ジュエリー仕立てのリモコンで飾られた手で髪を触って見せたりしたのだが女たちは麗華が期待した反応を全くしない。それが麗華をとてもがっかりさせたのだった。
麗華のスペースを書棚で分けた時に麗華に言わずに女たちはこっそり監視カメラを付けておいたのだった。ワイヤレスでスマートフォンに繋がる物で、その画像で麗華の様子を見ていた。
マンガ家たちが『ルル』への執筆を断り発刊が中断している今、麗華のオフィスには特に仕事もない。それで宝飾店のコンシェルジュから豪華なジュエリーを受け取るのも、コウメイとVR映像同士を繋いだ立体映像で通話するのも、全て見ていた。
だから書棚の間仕切りの切れ目から麗華のVRの前に出て直接VRの映像を見ても特別なリアクションなどする由もなかった。
「ねえ? これは本当にありふれた物なの? アタクシはコレとても凄いって思って、色々つぎ込んで準備したのよ? それなのに何でそんなに冷たい反応しか出来ないのよ!」
麗華は悲しそうに言った。
「あ、あの、ありふれた、ですか?」
「この間これを初めて見た時に、なんちゃらかんちゃらが使ってるって言ったじゃないのよ!」
麗華に言われて女たちは顔を見合わせてヒソヒソと言い合った。
「あ、あの、それはあれかな?
動画配信の事ですか?」
「それよ! 広告がどうとか! それ何なの? 答えなさいよ!」
女たちは困惑して顔を見合わせている。
「あのですねー、念の為聞くんですがー、麗華さん動画配信を見たことありますかー?」
「知らないわよ、そんなの!!」
意を決して金永が言ったが、麗華の答えは予想通りだった。
--個人がテレビみたいな番組を思う通りに作って、見てもらって、それで沢山の視聴者、ファンが出来て影響力を持ったり広告で稼いだり--
その説明のどこが刺さったのか今スグ自分を撮って配信しようと言い出すので、
「そりゃー撮るのも配信するのもスグ出来るし、そこまでは簡単ですけどー」
とブツブツ言いながら金永はアカウントを作って次々と動画を撮ってアップロードした。
「うんうん、アップロードしたって見てもらえるとは限らないよね」
という女たちの予想と裏腹に再生回数は伸びて、動画配信が麗華のオフィスのメインの仕事になった。
麗華は手放しで喜んでいるのだが、金永は何となく嫌な感じがして、コメントは受け付けないようにしておいた。だから人々がどうして麗華の動画を見ているのか理由は分からないままだった。
『(···きこえますか···きこえますか···いま···あなたの心に···直接呼びかけています···お願い···素敵な···プレゼントも···付いている···ルルを···読んでね···)』
「ぶふふっ、新しい火星人ルルだ~」
マンガ家
「なぁに? 火星人って?」
梨沙が明海のスマートフォンを覗き込む。
「あ、編集長、snsに次々流れて来る謎の動画ですよ~」
明海から渡されたスマートフォンに映っているのは麗華だった。
「色んなバージョンがあるんですけど~、どの動画でも訴求ポイントは『ルルを読んでね』なんですけど、その『ルル』が何なのかが結局分からなくて~、動画がコメント受け付けてないから直接聞くことも出来なくて~、それで火星人ルルって呼ばれてバズってるんです~」
「山瀬クン、ちょっとコレ見てくれる?」
無邪気に笑っている明海と違って梨沙は真顔のままで山瀬を呼んだ。渡されたスマートフォンを見て山瀬も真顔になった。
「うわぁ、このフィルターアプリ性能いいなぁ」
「まとめサイトもあるんですよ~。アドレス送るので自分のスマホで見てくださいね~。スマホないと私の仕事がはかどらなくて困りますから~」
山瀬の手から自分のスマートフォンをもぎ取って明海が言った。梨沙と山瀬は、まとめサイトにある火星人ルルの動画を次々と見たが、どれも麗華の動画に間違いなかった。
「どの動画でも火星人って言葉は出て来ないんだけど、どうして火星人ルルっていうんだろうね?」
ひととおり見終わると山瀬は言った。
「そう言えばそうですね~? snsに流れはじめた時には、もう火星人ルルでしたよ~?」
そう言ってから何か思い付いた様子で明海は続けた。
「あれとゴッチャになったかな~? 火星人の何でも相談ってのがあるんですよ~。それは動画じゃないんですけど~、事務所に行くとVR映像が見られて~、それが火星人ルルの動画に雰囲気が似てるんですって~」
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