第21話 マーシアン

 ビロードを貼った盆に乗せられたジュエリーを見て麗華は息を呑んだ。


「リング ブレスレットに仕立てさせていただきました。リモコンの周囲に宝石をあしらいまして、思いの外大ぶりになったので指輪ではバランスが悪いとデザイナーが申しまして」


 コンシェルジュは白い手袋をした手でジュエリーを手に取り麗華の手に着けた。


 リモコン部分が手の甲にあり、周囲を取り巻く大小の宝石を散りばめた蛇のモチーフが手首と指に巻き付くデザインだった。


 麗華は目を爛々と輝かせ鬼気迫る表情で見つめた。


「すごくいいわ、アタクシが求めていたのはこれよ! もちろん全部本物でしょうね?」


「はい、当店で扱っている中でも最高級の宝石ばかり厳選いたしました」


 麗華は満足そうな笑みを浮かべ、嬉しそうにジュエリーをした手を宙にかざして眺めていた。


 ジュエリーが出来て来るのを待つ間にオフィスのダンボール箱も整理させた。


 出入り口の左右に天井まで届く書棚をズラリと置き『ルル』の表紙が見えるように並べた様子は麗華を満足させた。


 書棚に置き切れなかった分のダンボール箱と事務デスクなどは書棚の後ろに隠したので、麗華のオフィスにはゆったりとしたスペースが生まれた。


『ルル』の並んだ書棚の前に洒落た応接セットも置いたので、気遅れする事なく人を呼ぶことができる。


 コンシェルジュが帰ると直ぐに麗華はジュエリーに仕立てたリモコンを触りコウメイにホットラインをした。


「あら、ちょっとご無沙汰でしたね。

 VRアプリは気に入ったかしら?」


 この間とは異なるファッションと背景のVRのコウメイが麗華のオフィスに現れた。対する麗華もVRで飾っているので何の遜色もなかった。


「ダメ、全然」


 見下すような表情で言いながら麗華はジュエリーにリフォームしたリモコンを着けた手を顔の横に上げてコウメイに見せた。


「作り直させるのに今日までかかったわ。だから今まで全く使えなかったのよ」


「あらま、すごい事になってるね。言ってくれたら火星の宝石で飾ってあげたのに」


 VRのコウメイはVRの麗華の手元を飾るジュエリーを、身を乗り出してまじまじと見ていたが、残念そうな表情で言った。


「なんなら今からでも、いかがです?」


「いいわよ、コレで気に入ってるんだから。


 それより、火星、火星って言うけど、火星移住だなんてウソでしょう!!」


「え? 今になってソコにこだわるの?

 火星にコンプレックスがあるとか?」


「コンプレックスって何よ!! アタクシに何のコンプレックスがあるって言うのよ!!


 いーい!? アタクシみたいに何でも持ってて何でも出来るなら、コンプレックスなんて感じる事ないのよ!!


 こだわってるんじゃなくて、火星移住なんてウソだって、アタクシが知ってるから言ってるの!! バカにしないでよ!!」


「ほぅ? いったい何を知ってるって言うんです?」


 無遠慮な様子で面白そうに麗華を見ながらコウメイは言った。


「だって、火星移住のチケットなんてアタクシの所には来なかったもの。本当に移住計画があったなら、真っ先にアタクシに声がかからなくちゃおかしいわよ!」


「ぶわっはっは」


 コウメイは派手に唾を飛ばしながら笑った。VRでなかったら酷いことになったろう。


「お嬢さん、世の中は結構複雑なんですよ? お嬢さんの今日の用件ってのはジュエリーの自慢でしたか? 十分堪能しました、それでは」


「ちょっと待ちなさいよ」


 話を切り上げようとするコウメイに麗華は言った。


「フィルターの効果はこれしかないの!? キラキラさせるのとか? 動画とか? 素敵な効果は付けられないの?


 これじゃアタクシのしたい事が出来ないんだけど」


「いったい、どんな事がしたいんです? システム屋にいじらせれば、大抵の事なら出来るけど」


「ぜひ作ってちょうだい」


「オバケ屋敷のアトラクションでもするんですか? まぁ、やってみますよ」


 麗華の要望を聞いてコウメイが言った。


「今度はガッカリさせないでよね。あっそうだ、火星に行くチケットはないかしら?」


「何です? まーた火星移住の話ですか?

 私は一般の移住者に過ぎないんですよ? 移住計画の実行者じゃあないんで、そういうことは分かりませんよ」


 麗華が腐すように言ったのは気にもとめず、そう答えるとコウメイはホットラインを切った。


 麗華は早くこのVR映像を誰かに見せたくて、射ても経っても居られなかった。


「そういえば、あの子たちが何か言ってたけど?」


 麗華のVRを初めて見せた時の事を思い出していた。


「ちょっと、そこにいるんでしょう? 出ていらっしゃいな」


 書棚が並んだ向こうに置かれた事務デスクで、息を潜めるようにして成り行きを伺っている女たちに向かって麗華は声を掛けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る