第20話 アプリ
オフィスに届いた荷物を開けて中身を一つひとつ出しながら麗華はワクワクしていた。LED照明の付いたスタンドにスマートフォンをセットして、背景用のブルースクリーンも立てた。
スマートフォンの画面にはLED照明でライティングされた麗華が写っている。柔らかな光源が下の方にあると人の顔はなんて美しく見えるのかしらと麗華はウットリした。きっと人類が洞窟に住んで焚き火を囲んで暮らしていた頃から伝わるDNAに刻まれているのだろう。
指輪タイプのウェラブル リモコンを手にして麗華は自分の指にはめるのをためらった。
「あの時はもっともらしく見えたけど、こんな安っぽかったのね。こんな指輪してるの誰かに見られたら後々までバカにされちゃう。宝飾屋を呼んで作り直させなきゃ」
リモコンを指にしないままで麗華は操作面に触って、フィルターのかかり具合を変えてみた。アプリは既にスマートフォンにインストールしてあり、別料金のフィルターもステッカーも背景も全て揃えてあった。
スマートフォンの画面に映る自分の姿に満足すると麗華はリモコンに触って神秘的な風景を背に立つ、いつも以上に美しい自分の姿を室内に映し出した。
スタンドに固定してあるスマートフォンの前から離れ、スタンドの後ろに立てたパーティションの向こう側に回ってみた。
このパーティションが麗華のいた場所を隔てているのだが、ステルス素材で出来ていて、大きなLED照明器具まで着いたスタンドは影も形も見えなくなっていた。
麗華がカメラの前にいないのでVR映像の中に麗華の姿はなかったが、麗華が選んだ背景はオフィス全体に映し出されていた。
「このダンボール箱は片付けさせないと、これじゃせっかくのVR映像が台無しだわ」
そう考えていると、外出していた女たちが入ってくる気配がしたので、麗華は急いでパーティションの向こうに行き自分の姿がVRの映像に入るようにした。
積み上げられたダンボール箱の間の細い通路部分を通って女たちは、辛うじて数人の人が居られるように整理した部分まで来た。
そこには見慣れたオフィスはなく、巨大な石像と石の柱が並ぶ古代の神殿と、その中央に立つ古代の女王のように着飾った麗華の姿があった。
女たちの驚く様子を映すモニター画面を見ながら麗華は満足げな表情を浮かべていたのだが、その反応は麗華が期待したものではなかった。
「あ、あの、びっくりしたけど、これ動画配信の人達が使うアプリですね、素敵です」
「こーんなに大掛かりにする事も出来るんですねー」
「うんうん、麗華さん、女神様みたいで美しいです」
「動画配信ですって!?」
不愉快さを隠そうともしないで麗華は言った。
「あ、あの、お笑いから真面目な動画講義まで、色々やってます」
「広告で稼いだりー」
「広告で? 稼ぐ?」
フィルターアプリのために麗華の表情が険しく変化したのは分からなかったが、声のトーンがグンと下がったのはすぐに分かった。何かまた気に入らない事を言ってしまったようだと察していち早くこの場を立ち去る事に全力を注いだ。
「うんうん、私たちまだ用事があったの思い出しました」
「あ、あの、そうです、また急いで出ないと」
そそくさと女たちは立ち去り麗華は一人残された。
「動画配信、広告で、稼ぐ、なんて貧乏臭いの」
絞り出すようにそう言って、LINEを開こうと手にした指輪タイプのリモコンに目をやった。改めて見ると材質もデザインも貧弱に見えるので、麗華はそのウェラブル リモコンに苛立った。
「まずはコレから何とかしなくちゃ、これじゃ何にもする気になれないわ」
宝飾店に電話をしてコンシェルジュを呼び出そうとして、部屋に積み上げられたダンボール箱が目に入った。
「こんな所に来させるなんてダメだわ。まったく、やらなきゃならない事が次から出て来る、何て事なの」
麗華は宝飾店に向かった。
「まぁ麗華お嬢様、ご無沙汰をしております。本日はわざわざ御足労をくださいまして。呼んでくださればよろしいのに。今日は何をお求めでございますか?」
麗華の顔を知るコンシェルジュがすぐに飛んで来た。
「ええ、買いたい物があるのじゃなくて、気分転換がてら、お願い事があって来たのよ」
VIPルームに通された麗華は優雅なデザインのソファに腰掛けた。
「ウェラブル リモコンのリフォームでございますか?」
困惑した表情でリモコンを受け取るとコンシェルジュは言った。
「ええ、ちゃんとした台に据え直して宝石でもあしらったら、ちょっとは良くなるかと思って」
麗華は当然即座に出来ると思ったのだ。ところが工房に持って行きデザインから始めるので仕上がりがいつになるか分からないと言われ、リモコンを預け渋々帰って来るしかなかった。
オフィスに戻ると再びVRを映したが、リモコンがないのは不自由だった。
「何一つ思い通りに行かない日ね」
麗華はこの苛立ちを誰かにぶつけてやらなければと思ったが、外出した女たちは戻って来る気配もなかった。
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