第19話 ショッピング
それは旧市街にあった。車道のアスファルトも歩道のブロック舗装も、所々掘り返した痕跡がありデコボコしていた。住所からたどり着いたのは冴えない感じの小さなビルだった。
ところがエレベーターに乗って目指すフロアで降りると別世界だった。
SF映画に出てくる宇宙船のハッチのように作られたドアが見えたので、その前に行くと操作パネルのスピーカーから
「予約番号をお持ちですか?」
と聞かれ、麗華はスマートフォンを開いて番号を読み上げた。
「山瀬麗華様、お待ちしておりました」
声と同時にドアに施された複雑な模様にそって青白い光が錯綜しドアが開いた。
真っ先に目に入ったのは部屋の奥に見える窓だった。天井から床まで曲線でデザインされた広い窓枠に一枚ガラス--ガラスではないのかもしれない--がはめ込まれている。
外から見た時こんな窓だったかしら、と訝しみながら見るその窓の向こうには一面の雲海が広がっていた。よく見るとそれは鏡のような湖に映っているのだった。遥か遠くの雲の切れ目には山並みが見え隠れしている。ドラマティックな陰影のある雲の広がる空にはフラミンゴの群れが飛んでいた。
「『光明のさざめき』へようこそ
私のことはコウメイと呼んでください」
窓を背に立つコウメイは少し早口でそう言って会釈した。ロングヘアでドレスを着ているように見えるが、ドレスも髪もわずかに色彩を変化させながら輝いている。どんな素材で作ったらこうなるのだろうか?
顔をじっと凝視したがコウメイが女っぽい男のなのか、男っぽい女なのか麗華にはどちらか分からなかった。
「あなた、その髪、ドレス、どうなってるの!?」
麗華は駆け寄って手を触れようとしたが、ドレスも髪も触れる事は出来なかった。
「VR!? 映像なの!?」
「LINEで説明しましたが、ご相談は3つまで無料、4つ目からは有料となります。よろしいでしょうか? 有料となってからの料金設定の方はチケットまたは年間パスポートがあり」
やはり早口でコウメイが言うのに被せて麗華は言った。
「ゴチャゴチャ言ってないでアタクシの質問に早く答えなさいよ」
「おやま」
コウメイは言葉を飲み込んで麗華を見たが、やがてまた早口で言いはじめた。
「では1つ目の無料相談という事で。
これね、火星の最新流行ファッションなの。髪は色が変化するパウダーを振りかけててね、この服の生地はとっても軽くて」
説明をはじめたコウメイを間近で見る麗華は不思議でならなかった。喋っても瞬きしても、皮膚表面がデコボコしないのだ。
「で!? 顔は何をしてるの!? なんでこんなにナメラカなのよ!!」
コウメイが説明を終えるまで待てずに麗華は言った。
「それ2つ目の無料相談になりますけど?」
コウメイはイタズラそうな笑顔で尋ね、麗華は2つ目でメイク、3つ目でVRについて答えさせた。
「火星のテラフォームはまだ十分じゃないので地球人の目に美しいと思う風景がないの。だからVRを使っている。
自由に変えられるから、かえっていいよ」
そう言いながらコウメイが指輪の大きな石を触ると窓枠と床と天井が消えて広い風景だけが広がっているようになり、さらにその風景が高原の花畑、雪山、海辺の夕景と次々に変わって行った。
麗華はその風景をしばらく見ていたが、ハッと気が付いて言った。
「あなた、さっきから火星、火星って言ってるけど何の事!?」
「無料相談3つは終わったので、まずチケットかパスポートを買ってからでないと」
コウメイは真顔で答え、麗華はパスポートを買った。
「私は火星に移住していて地球とはVRで通信している」
そこで再び麗華はハッとして言った。
「ちょっとまって!! そのVRでアタクシの姿をあなたは見てるのね? アタクシもあなたの姿のようにキレイになってる!?」
「それ気になるの? じゃあ今写真を撮って送ってあげる」
そう言いながらコウメイは指輪を触り、すかさず麗華のスマートフォンにLINEの着信音がした。LINEを開くとコウメイが写した麗華の写真が来ていた。
宇宙船のハッチのようなドアの前に麗華は立っている普通の写真なのだが、コウメイの幻想的な姿に比べて見劣りのするその写真に麗華はガッカリした。
「ねえ? 私の姿もあなたみたいに見えるように出来ないかしら?」
「VRのセットを買えば出来るけど?」
コウメイの言葉に麗華は目を輝かせた。
「どこに売っているの!? 私買うわ!!」
「えぇ!? そうなの!? じゃあ注文ページのアドレスを送るね」
コウメイは麗華のLINEにアフィリエイトのリンクを送った。
「それ設置したら私とはVRのホットラインになるから、ここに来なくても通話出来るよ。相談がある度に連絡してね」
上等な客を捕まえたとコウメイはホクホクしていた。
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