第17話 生け贄

「答えてちょうだい。どうして新しい『ルル』が出せないの!?」


「あ、あの、それは、ですねぇ」


 麗華に問い詰められて、嶋は口ごもった。


「まさか、資金が無いなんて貧乏臭い事言わないわよねぇ?」


「もしかしてー、マンガの原稿が無いからじゃないですかー?」


 引き継いで答えた金永を麗華はギロリと睨みつける。


「す、すいませんー」


 金永は消え入るように言った。


「うんうん、マンガ家の先生方にお願いしてるんですが、皆さん『START』の連載があるので、とても掛け持ちは無理だとおっしゃるんです」


 瑞江がひと息にまくし立てた。


「アタクシの『ルル』にマンガを描かないって言ってるわけ!?

 そんな事、あるわけが無いし、もしも本当ならタダじゃおかないんだからね!!」


 麗華はオフィスに積み上げられた沢山の大きなダンボール箱の一つから『ルル』を大事そうに取り出した。


 それは上等な紙箱に入れられていた。紙箱の中には薄紙に包まれた化粧ポーチと一冊の本が入っている。その本が麗華のマンガ本『ルル』だった。


「そこらの安っぽいマンガ本じゃないのよ、紙もインクもこだわり抜いて、こんなに高品質に作ったのよ!!


 なんで『START』には描けて『ルル』には描けないって言うのよ~!?」


 麗華は『ルル』の表紙を撫でながら悲しそうに言った。その表紙はハードカバーの本にするように上等な紙のカバーが掛けられている。


 やがて麗華は『ルル』を丁寧に箱に戻した。それから、オフィスにいる編集員たちの目を覗き込むようにしながら、ゆっくりと言うのだった。


「マンガ家の先生方が描いて下さらないなら、アタクシたちで作るしかないわね、あなた達ストーリーを作ってちょうだい」


「書店の方では、売れなければ戻せばいいので、書店の損にはならないのですよ。でも戻すのも手間ですし


 ぶっちゃけ『ルル』を置くより、他の売れるマンガ本を並べた方が店の利益になるわけで、だから、もう持って来ないで欲しいと言うわけなのです」


 麗華のオフィスと同じビルにある『START』の編集室で、野呂は『ルル』の様子を説明していた。


「それで戻されたのを全部オフィスに置いてるって事ですか? 普通なら処分するのだけど」


 山瀬が聞くのに野呂は大きくうなずいた。


「本自体の装丁も、読者全員プレゼントの品物もいい物を使っているから、という理由もありますが、麗華さんが一々こだわって作りましたので、それで捨てられない様子です」


「麗華叔母さん無茶苦茶するなぁ、どうして上が止めないんだろう」


 呆れた様子で山瀬が言った。


「麗華叔母様は何をしても許されるのよ

 なんなら君のお父様しゃちょうに聞いたらいいわよ山瀬クン」


 横から梨沙が言う。


「そうなのか、一度聞いてみよう

 ところでマンガ家の先生方に掛け持ちするなって圧力掛けたのは梨沙ネエ?」


「圧力だなんて、そんな事するまでもないわ


 スケジュール的に無理して描いても読者に読んでもらえないならメリットないでしょう


 販売実績のある『START』だけにしてクオリティ上げとく方がいいって先生方の賢明な判断よ」


「あ、あの、龍神の人身御供にされる女の子の話って、どうでしょう? 水辺の禊小屋で身を浄めて、その日を待っているんです」


 長い沈黙の果てに嶋が口を開いた。


「うわー、即興で思いつくのー!?」


「うんうん、嶋さん、ひょっとして天才!?」


 金永と瑞江が口々に嶋のアイデアを褒め、それが気に入らない麗華は顔をしかめていた。


「あ、あの、いつも早乙女先生が平安時代の悲しいお話を描かれていたので、それを思い出してマネしてみたんです」


 麗華の様子に気付かぬまま、嶋は謙遜して言った。


「いやー、見てたからって、とっさに思いつかないですよー」


「うんうん、早乙女先生の雅な世界、いいですよね」


「あ、あの、そうですよね。早乙女先生いいですよね


 あ、あの、それで、人身御供にされる女の子の悲しいお話なんです、雅なんです」


「そうそうー、嶋さんの人身御供ってアイデアが早乙女先生よりいいですよねー」


「うんうん、やっぱり嶋さん、天才!?」


「あ、あの、そうかなぁ、えへへ、それで龍神の人身御供なんです


あ、あの、それで悲しいお話なんです、それで、あの、雅なんです」


 金永と瑞江は交互に誉めそやされて嶋は嬉しそうにしていた。


「ちょっと、黙って聞いていれば何なのよ!!」


 地から轟くような麗華の声に、編集員たちは震えあがった。


「龍神の人身御供ですって?

 平安時代の雅ですって?

 悲しいお話ですって?


 冗談じゃないわよ!

 アタシの『ルル』に、そんなヘンテコなマンガを載せるなんて思ってるの!


 アタシの『ルル』は平安時代の人身御供の宣伝じゃないのよ!」


 かつて山瀬が「口からギャラクシーを吐き出すようだ」と例えた麗華の言葉には切れ目がなかったが、いつか、それも途絶える時が来た。


「それで? 絵はどうするのよ?」

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