第14話 痛い私
私が見た夢なのか、それとも本当にペンギン男が廃墟で行方不明になったのか曖昧なまま、ドラマティックな物語仕立てで作ったネームは上手な絵師が作画してマンガになる事になった。
私は、へのへのもへじのピクトさんだけじゃなく耽美な絵だって描けるのだけど、本格的にマンガの作画をするならアシスタントがいなければ無理。でもアシスタントと仕事をするのは負担に感じた。他人と一緒にいたくないのだ。
それはずっと前からわかっていたことだけど、私は相手の異常な執着心とかマイナスの一面を引き出させてしまうから。
高校の頃のバイト先に始まり、行く先々でそうだった。大学を卒業して就職した先でのイヤーな出来事に懲り懲りして、それから人と会わない生活を続けて来た。もしも嫌な事に巻き込まれたら、すぐに引っ越せるように持ち物は少なくしているから、いつだってカバン1つ持って引っ越しできる。
自分からマンガ家だとは言わなかったけれど、どうやら私が物語を作っているらしいと知ったペンギン男は、私の仕事に絡みたがった。
「お前世間知らずだしぃ、ホント俺こういうの詳しいんだから、専門なんだから、任せろって」
飲食店で顔を合わせるだけで、付き合いが長いわけでも深いわけでもなかったのに、その上から目線、自信過剰はどこから来るんだろう、そう思っていたが、私はわざとペンギン男を近くにいさせた。
だって私の仕事は人と会わずにできて理想的だけど、全く誰とも会わないでいたらネタ切れになってしまうから。
人生は長いし、ヒトは贅沢できなくても死なないけれど、食べられなかったら生きるのが苦しくて死ぬほど苦しい空腹を経て死ぬしかないし、家賃が払えなかったらこの部屋にも住めなくなる。
「オイ、聞いてんのかよー」
ペンギン男がそう言ったのを今でも思い出す。それはとても不愉快だった。
「ええ~?
なにぃ~?」
そんな時は自分の声とは思えない、甲高くて聞き苦しく割れた声が頭の天辺から出た。こんな自分の声を聞くだけで涙が出そうだった。
「なにぃ、じゃないだろ、俺の説明をメモしとかなきゃダメだし、何か言われたら、こっちの方が絶対ウケるからって強く言わなきゃ、また駄作に変えられちゃうだろう、わかってんのかよー!!」
「あぁ~、そぉ~なんですねぇ~」
私の頭の天辺から、神社の割れた鈴みたいな声が出た。自分で聞いてもバカみたいだ。自分の声を聞きながら本当に涙が出ていた。
ペンギン男と物理的に離れると理性が戻って来て、理性が戻るとより激しい怒りが湧いて来たのだけれど、ペンギン男がいなくなった今では、それもただの思い出だった。
過去の怒りを噛みしめながら、その感覚を楽しんだ。他人と本気で向き合うってこんなにエキサイティングなんだって今では思ってるし、それがマンガの元になる今となってみると、過去には味わったことのない感覚が全身を巡るのを感じていた。
私は一人でゲラゲラと笑った。誰かが見たら気がふれたと思うだろう。でも構わなかった。
落ち着くと、机に向かい内容を整理しはじめた。ストーリーの続きを作らないと。
それからも時々ペンギン男のいない、あの店に行った。自分の部屋から出ると、やはりおかしなモノの影が見える事がある。最初は驚いて見ないようにしていたけれど、もう慣れてしまった。
ジックリ観察してみると、それらは単独でいることはなかった。かならず誰か人間に付いていた。足元に絡みついて引き摺られるようにしているモノもいたし、頬ずりしながら長い体をヘビのように巻き付けているモノもいる。
ある人の肩の上にもソレは乗っていて、両足をその首にキツく巻き付けるようにしていた。その横にいた人と楽しそうに話していたのだけれど、首に巻きついているモノが体をその話相手の方に延ばして、指先でその頭のテッペンあたりの髪の毛を掴んでもてあそびだした。
楽しそうに話していたその人は髪の毛を掴まれた時から様子が変わって、急に自慢げな事を言い出した。
首に巻き付かれている人は相手の言うことを軽くあしらっていたけれど、相手が繰り返し同じ話を続けるのでイライラした様子になり、とうとう声を荒らげるようになって、二人は険悪な雰囲気になってしまった。
そこで一方の首に巻きついているモノは相手の髪の毛からスっと手を離した。その瞬間からその人は穏やかな様子に戻ったのだけど、首に巻き付かれている人はイライラをぶつけ続ける。
この二人はどうなるのだろうと思って夢中になってしまった私が見続けていると、首に巻きついているモノが私の方を見た。その顔には得意気な笑顔が浮かんでいた。
私はさすがに気味悪くなってその場を離れたのだけど、その人たちはどうなってしまったか気になっている。
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