第9話 原稿の行方

 それから数日の間、山瀬は茂辺地の返事を待ち続ける事になった。1日が過ぎ2日が過ぎ、自分のメールを読んだかと確認のメールをしたい気持ちになったが耐えた。あの日コンビニで茂辺地に電話する麗華の様子を考慮すると、押しが強いと思われるのは悪手だと思えた。


 茂辺地がどんな人物なのか山瀬は知らなかったのだが、茂辺地のマンガは世に出るだけの力があると感じていた。だからチャンスの方が茂辺地を逃がさないだろうと、ある意味で楽観していた。


 やがて、原稿を添付した茂辺地のメールが来た。今すぐにでも出版できる原稿を手に入れると、まだ『START』編集室に自分のデスクを与えられていなかったにも関わらず、このマンガをどうやって『START』誌面に載せようか考え、山瀬は肩甲骨の辺りがザワザワする感覚がして知らずに口角が上がっていた。


 猫田が事故に遭ったと聞いたのは、山瀬がそんな気分になっていた時だった。


 梨沙と共に事故現場に行き、事故のためにページ数が足りなくなった猫田のマンガの代わりをどうしたらいいか話している山瀬たちの前に麗華が現れ、得意げに自分のスマホを突き出して


「あなたがノドから欲しがる原稿はここにあるのよ!!」


 そうイキって言う麗華に立て板に水という感じで梨沙は言った。


「麗華叔母様、おかしな言い回しは使わないで、遠回しな言い方もなさらないで、要点を明確にして簡潔におっしゃってくださいね。


 私にその原稿を送ってくださるかしら。見せていただいてOKなら掲載、NGなら別の原稿を探すのですから、今すぐお願いします」


 山瀬はそれがどんな原稿であるか知っていた。なぜなら山瀬が捨てアドレスを作り茂辺地を装って、麗華宛に茂辺地の原稿を送ったのだ。だから梨沙があの原稿を見さえすれば、確実に『START』に掲載されると確信していた。


 その梨沙は、これ以上麗華がゴチャゴチャ言うなら即スキップして次の原稿を探しに行きかねない様子だった。それは麗華にも感じられたのだろう、麗華はその場で原稿を転送した。


 その瞬間、茂辺地の原稿は永久に麗華の手から離れたのだった。麗華のスマホにデータがあろうと、もはや茂辺地のマンガで麗華が何かすることは出来なくなったのだが、麗華はまだそれを理解していなかった。


「じゃあ、あの時から原稿は」


『START』編集室の談話コーナーに立ち尽くす麗華は、ポカンとした様子でつぶやいた。


「茂辺地先生が元のネームの通りに仕上げた原稿だったよ。


 僕が茂辺地先生にメールして、麗華叔母さんの指示は全てキャンセルして、元のネームの通りに原稿を仕上げてくれるようにお願いしたんだよ。


 麗華叔母さん、原稿読んでなかったんだね?」


 山瀬が言うのを聴きながら、麗華の体はブルブルと震えはじめた。


「騙すなんてサイテーね!!

 直すのに何時間掛かったと思ってるのよ!!


 あんなに頑張ったのに

 タイミングよく準備できたのに

 アタシの時間を無駄にして


 感謝するでもなく

 労いの言葉もなく


 何もかも勝手に決めて


 一体何なのよ~~~!!」


 麗華は顔を真っ赤に上気させて捲し上げる。大粒の涙がこぼれ落ち、鼻水もズルズルと流れ落ち、子供のようにしゃくり上げながらオイオイと泣き出した。


 泣きながら尚も何か言い続けているのだが、それはもう聞き取れる言葉にならなかった。


「あらタイヘン」


 梨沙がそう言ったが、それは泣きじゃくる麗華に言ったのではなかった。


「じゃあ、山瀬クンがメールしなかったら今頃、茂辺地先生はマンガを辞めていたかも知れないのね!?」


 茂辺地が原稿を添付した山瀬宛のメールに、麗華の「ゆるキャラ」の事で辞めようと思ったが、思い直して仕上げたのだと書いてあったと山瀬は言った。


「一度は僕がコンビニで聞いた内容で、麗華叔母さんに言われた通りに原稿を仕上げたそうなんですよ。


 ところが、その原稿を麗華叔母さんに送ったら、麗華叔母さんがデザインしたって言う落書きが送られて来て、このキャラクターにして描き直せと言われたと。


 指示の通りに仕上げたのに、後から全直しになるんじゃ、とてもやってられないと思って、マンガを辞めるつもりでいたそうです」


「え~それは大変な損失です~」


 明海が割り込んで来て、自分が管理しているsnsでの茂辺地の人気振りを熱く語った。


「私が写した花とかオヤツとかの写真の合間に~、『START』に掲載した分の茂辺地先生の四コマまんがを一本ずつsnsに流すんですけど~


 その直後から共感のリプライが書かれ~、リツイートで拡散されて~


 あ~、もちろん『START』に掲載されてるって、発売日と一緒に書いて流してますよ~


 それで~、リプ返し来ると嬉しいじゃないですか~、だから一生懸命リプ返ししてるんですけど、全然追いつかないくらいリプが来るんですよ~」


「茂辺地先生、やはり強運ね」


「梨沙ネエ、大切に管理してくれよ」


 満足そうに微笑んでいる梨沙に、山瀬は茂辺地のネームとUSBメモリを渡した。

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