第3話 乖離

 それはとても新鮮な感覚でした。いままで親や幼なじみ、バイト先などで知り合いだった誰かの事を思い出してエッセイまんがを描いて来たけれど、それは、その人たちともう会うことはないと思っているから遠慮なく出来ていたことでした。


 それが、こっそり観察してエッセイまんがにしていた見ず知らずの人たちと知り合いになって、度々会って表面だけ楽しく過ごす間柄になっているのですから。しかも、もしも相手が粘着するようになってしまったなら、私は跡形もなく消えようって企んでいるんだもの、私ったらなんて利己的な悪女なんでしょう。


 そうボンヤリと考えているとペンギン君がやって来ました。


「で、創作の調子はどう?

 展開とか悩んでるなら、相談乗るよ

 っつーかさ、

 そゆうのこそ俺に語らせてよ~」


 相談なんてする気はないのだけれど、言うこと成すことみんなネタになりそうなこのパーソナリティはどんな背景から形成されたのか、育成歴から嗜好品まで興味津々でした。


「どんなのがウケると思う?」


 そう話を振るといつまででも語ってくれるのです。何の店かわからないけど自分の店を持とうって話だったり、地元の野球チームを作ろう俺ピッチャーって話だったり、取り留めなくコウトウムケイな話ばかりです。


 冷静に聞いていると、そのヨタ話に誰かが乗っかっていい感じにカタチになりかけると、途端に


「イヤイヤ、イヤイヤ、そうじゃないでしょ~」


 ってどうでもいいチェックを入れ始めて、話を堂々巡りにしているのです。何度もそれを繰り返しては周囲のヤル気を削いでいて、本当に行動力のある人ならペンギン君から離れてアクション起こしているのですが、本人はまったく気に病んでいませんでした。


 何かしたいのではなくて、こうやってゴチャゴチャと、取り留めなく話し散らかしてる時だけがペンギン君の生きてる時なんだろうな、と思いました。


「こんなエピソードを考えてるの」


 と、以前にペンギン君が友達としゃべってたのを盗み聞きしてたネタを、ちょっとボカしながら言ってみました。そしたら、ペンギン君自身が元ネタだとは全く気付かず


「へぇぇ、偶然だねぇ、俺もそれしたことあるよ

 ほーら言ったっしょ

 俺そゆうのメチャ詳しいって

 でさ、その話とちょっと違うんだけど

 こうなったんだよ

 こっちの方が面白いっしょ」


 と、私が知らなかった新情報まで聞かせてくれました。しかも、どうでもいい些細なことを、さも重要そうに語るのです。


 頭の中心でスっと冷めている私はなんで私はこんなどうでもいい話を笑って聞いてるんだろうと考えているのだけれど、その私の意識と体が上手く繋がっていない感覚でした。


 結局ペンギン君たちと遅くまでグダグダ過ごして、次の日、意識と体が繋がっていない感じのままネームにして編集さんにメールで送りました。ネームというのは、マンガの脚本で、話の展開をコマ割りにして、台詞と簡単な絵が割り振ってあります。


 紙にエンピツで描いたネームを写真に撮ってメールで送り、何回かメールをやり取りして内容を詰めて行き、実際の原稿を描きます。こうして私は部屋に篭ったきりでマンガを描いて生活できているのです。


 もしも、メールも電話もダメ、直接会って打ち合わせしなくちゃ創作の出来ないヒトだったら私の生活はトラブル満載になっていたでしょう。


 そういえば、一番最初にちょっとだけ仕事をした相手が酷かったのでした。その頃にはもう自分が不幸の引き寄せホイホイだと気付いていたので、なるべく人のいる所を出歩かないで出来る仕事はないかと探していたのでした。


 その人は、私がメールでネームを送ると読み始めて最初に引っかかったコマで電話をして来たのでした。


「何コマ目、こう直してよ」


「わかりました

 それから?」


「それからって!?」


「え!?

 あの、いっぺんに直す方が

 効率いいから」


「そ~んなの、そのコマ直ってからの流れで見なきゃわからないでしょ!!

 すぐに直して見せるのよ」


「え!? 一コマずつ直さないと

 先が判断できないですか!?」


「当たり前じゃないの!!」


 長い時間を掛けて直すコマの数以上にメールを送って電話を受けました。そうしてツギハギで直しまくったネームをもとに原稿を仕上げたのです。ところが、それで終わりではありませんでした。更にそこから直せと言うのです。


 理由は2つあって、1つはラクガキみたいなネームからじゃ完成をイメージ出来なかったこと、もう1つは、完成原稿を見ていたら、新しいアイデアを思い付いて、絶対こっちの方がいいと確信したのだそうです。


 こんなにもムダに手を掛けて時間も体力も消耗するなら、マンガ家にはならないと私は決意しました。重要なのは、人に会わずに自分が食べて行ける仕事がコンスタントに続く事で、そもそもマンガ描きにこだわったのではありません。


 誰とも会わずに出来る仕事なら、ビルの掃除とか、内職とか、なんだってアリだと思いました。そう腹を括って辞めようとしたら、今の編集さんに声を掛けてもらって、マンガ家を続けるようになったのでした。打ち合わせで振り回されないなら、ビルまで行って掃除するより家でマンガ描く方がいいですから。


 しばらくすると、編集さんが色々書き込こんだネームを添付したメールが来ました。メール本文には「どしたの、調子悪いの?ちょっと心配。でも、これはやり直してね」とありました。ちょっとムッとしたけれど、プリントしてジックリ見てたら「ホントこれは使えないな」と思えて来ました。


 なんで、こんなネタがイケると思っちゃたんでしょう。ほんとに調子悪いみたいだと思いました。


 その夜から出掛けるのはやめて、一人でネームからやり直しました。アイツと会わずマンガに専念して、その先もずっとアイツと関わらない方がいいと思っていたのでした。

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