第4話
またも目の前の視界が早送りをしていく。
スミレの努力もあり、スクスクと育ったカエデは保育園に入り、スミレも育児休暇を終えて仕事に復帰した。
朝は目まぐるしく家事をこなし、カエデを保育園に送り、職場で周りと同じ量の仕事をこなして、就業時間になると急いで帰り、保育園へカエデを迎えに行く。また家について猛スピードで家事をこなし、カエデを寝かしつけて、その横で疲れ切った顔のスミレが電池が切れた様に眠ってしまうという日常が映っていた。
あっという間に一日が過ぎていく。
そんなスミレの姿を映し出していた。
21:30
「ただいまー。」
呑気に俺が帰ってくる場面で視界がゆっくりになった。
「おかえりなさい。今日は早いね!」
「あー、腹減った。昼飯食べてないんだよ。
…え?またアジフライとコロッケ!?」
食卓を見た俺がイヤミっぽく言葉を放った。
「ごめんね、今日少しだけ仕事で遅くなっちゃたから、スーパーでお惣菜買って来ちゃった…。」
すまなそうにスミレが返事をする。
「………。じゃあ、なんかレトルトカレーでも食べるからいいや。」
「…ごめんね。温めようか?」
「良いよ、自分でやるから。」
「ごめん…。そしたら明日も早いし、先寝て良いかな…。」
「…。」
俺は返事もせず、洋服を着替えていた。
「ごめんね…おやすみ…。」
寂しそうな目をしたスミレが寝室に消えて行った。
グルグルと早送りがまた始まり、スミレと俺が食卓で話をしているシーンで止まる。
カエデは隣の和室でスヤスヤ寝ている。
「…カエデも来年小学校に上がるし、実家に帰るなら今がチャンスなの。
私はもうこの場所で育児をしていく自信が無い、もう限界に来てるの…。」
神妙な面持ちのスミレに対して、ムスッとした俺は机をトントンと叩いてイライラをアピールしていた。
「何が不満だって言うんだ!俺は必死に仕事してるし、給料だって全部渡してるじゃ無いか!それなのに何が不満だって言うんだ!」
「だから!育児をするには誰かの助けが必要なのよ!」
スミレの言葉からは必死さが伝わってくる。
「カエデはもう少しで小学生だ、むしろもう少しで手が離れるだろ!」
「違う違う!手が離れるんじゃ無いのよ。
これからもっと手がかかるんだよ。
…どうして分かってくれないの?」
涙目になるスミレ。
それを見て罰が悪そうになる俺。
「…子供なんて放っておけば勝手に育つって俺のかーちゃんも言ってたし、俺だってそうやって育って来たんだ!」
「カエデは女の子よ。そんな訳にはいかないわ…。それに今と昔は違うのよ…。」
俺はこの時に自分の母親を否定された気になって、少しムッとしてしまった。
それだから、あんな思っても無いことを口にしてしまったんだ…。
「お前さ、そんな事言って…
会社に好きな男でも出来たんだろ…?」
スミレの頬には一筋の涙がつたっていた。
それから数日後、スミレはカエデを連れて出て行った。
そしてカエデが小学生になる直前の3月、俺とスミレは正式に離婚をした…。
カエデ…可愛いカエデ…。
目の前にカエデの笑顔が年を追いながら流れていく…。
きっと俺はもう死ぬんだ…いや、もう死んでしまったんだ。
もう二度とこの手でカエデを触ることは出来ない。
あの小さな頭、小さな足、小さな手。
もう二度とこの手で握ることは出来ない。
カエデ…カエデ…。
そう思ったらなんだか涙が出て来た。
自分が死ぬと分かってからはじめて泣いたかも知れない。
生きてるうちは涙なんて出なかった。
俺には生きてる意味なんて何にもなかったから。
「パパーー!」
視界には最高の笑顔で俺に抱きつこうとするカエデが映っていた。
俺は思わず号泣しながら彼女に触れようと手を伸ばした。
「カ…エ…デ…。」
「ストーーーーーーップ!!!!」
上から大きい声がする。
バチンッと目の前が真っ暗に戻った。
「あれ?あれ?」
俺は涙なのか鼻水なのか分からない位、ぐっちゃぐちゃの顔で辺りを見回した。
ゴォォォォ
急に後ろから風の音が聞こえて来た。
振り返ると遠くにさっきまでは無かった赤い扉が出現している。
その扉がゆっくり開き、空気が勢いよく吸い込まれていく。
「うわぁぁぁ!」
バタつきもがく俺の身体もそちらへ吸い込まれて行った。
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