1-8 世の中そう上手くはいきません

「で、そん時言ってやったのさ。俺の邪魔をする者は許さないってね」

「結衣ちゃん、言っておくけどその話嘘だから」

 警察という己にとって最悪の事態を免れたせいかニコニコ顔で話を聞いてくれる結衣を相手に話をする阿佐谷に対しかわりに訂正しておく。

「中野―水差すようなこと言うなよー」

「ええい、色々と馴れ馴れしくするな!」

 マジで阿佐谷のニヤリ顔がウザイったらない。

「結衣ちゃん、こいつのこと無視していいからね」

「おい、それはないだろ!」

 横で阿佐谷がごちゃごちゃ言ってくるが、あえてそれは無視することにする。

 俺に無視された阿佐谷は面白くないのか、もしくは却って都合が良かったのか結衣にばかり話しかけるようになる。

 どうしたものかと悩み、二人を眺める。これで結衣が少しでも嫌がる素振りを見せれば阿佐谷を部室の外に出してやろうというものだが、思ったよりも話がそれなりに盛り上がりをみせているので逆に驚きである。

 盛り上がっている話を遮ろうとするほど俺は藪な男ではない。まあ、面白くないことも事実なのだが。

 仕方がないので適当に話に混じっていると阿佐谷がこっそりと耳打ちしてきた。

「なぁ、中野」

「なんだよ、阿佐谷」

「俺さ、このメディア研究会を強化する作戦を考えたんだけどさ」

 阿佐谷のことだ、どうせ碌でもない作戦だろうなと考えていたが一応聞いてみる。

「どんなのだ?」

「人員を増やすんだ」

「ほう、人員を」

「そう、人員だ。今、ここに所属しているのは俺とお前だけという男二人、非常にむさくるしい空間になっている」

「まあ、そうだな」

 今更何を言っているんだという思いはあるものの、恐らく今日一番のまともな方である発言に頷いてしまう。

「そこで、このむさくるしい空間を打破すべく、女子という華がある部員を増やすのはどうだ?」

 その意見に俺はフッと笑い、答える。

「阿佐谷、お前にしてはいい意見だな」

「だよな!そうだと思っていたぜ、相棒!」

 相棒と呼ばれたことには納得出来ないが、この話の流れ的に勧誘したい女子というのは結衣のことだろう。

 実はもう一人思い当たる人物はいるにはいるが、そいつは以前勧誘に失敗しているので結衣であることはほぼ間違いないだろう。

「で、どうやって結衣ちゃんを入れるんだ?提案するからには何か良いアイデアとかあるんだろうな?」

「なあに、安心しろ。ちゃんとそこまでのことは考えている」

「へえーどんなのだ?」

「まあ、任せろって」

「そうか。ならば楽しみにしよう」

 そう言って阿佐谷は結衣に笑顔を見せた。こいつのことを知っている奴ならば警戒する笑顔だが、結衣は知り合ったなかりなので警戒はせず、ほんの少しだけ首を傾げるだけであった。

「さっきも話したけど、俺たちが所属しているメディア研究会ってめっちゃ新しいんだよね。いやー本当よく部室もらえるまでの活動が認められるようになったわ」

「まあ、運よくオカ研が廃部になったから良かったけどね。それでも出来たばっかだから、やっぱ部員が少ないよなー。いまだに阿佐谷と二人だしな」

 俺も助け船が出せるように口添えをしてみる。

 なんだかんや言って野郎二人よりより女子の一人は最低でも欲しい。

 毎回阿佐谷が絡みに行く映像研究会の部室から女子らしき人物がちらりと見えるだけで何度悔しい思いをしたのか。俺だって付き合うまではいかなくても女子と気軽に話せるようになりたい。別に癒しを求めても良いのではないか。

「結衣ちゃんってさ、動画撮影とかって興味ある?」

「一応、それなりには」

 阿佐谷の問いに笑顔で答える結衣になかなかの良感触を得る。これはいい流れである。

「もう単刀直入に勧誘するか」

 それは聞いた阿佐谷も同じだったようで、ニンマリと笑って呟く。

 それに当然賛成の意を示す。

「単刀直入で悪いんだけど、結衣ちゃん、俺たちのサークル、メディア研究会に入らない?」

 阿佐谷の勧誘に俺も続けて言う。

「部室持ってるから抗議の合間とかに使いやすいし、これから作る作品作りは絶対楽しいと思う!撮影のために色んな所に行く予定だし、絶対楽しい思い出を作れるよ!」

 良さそうなところを並べて勧誘をしてみるが、

「えっと…入部、ですか?」

 結衣は突然のことに流石に困惑の表情を見せる。

 流石に俺たちの誘い文句は足りなかったようだ。

「もし女子一人だけが引っかかるなら、寂しくないように誰か入れるから!」

「おい、そんなこと言っていいのかよ」

思ってたよりアピールポイントがないことに戸惑い、咄嗟に言った言葉に阿佐谷が小声で止めに入るが

「仕方ないだろ。結構男女比率はでかい問題だと思うぞ」

「だからって、そんなあて」

「そこはその内になんとかするよ」

 とりあえず言いくるめた。

 実際問題、物事の選択を影響するものに男女比を気にする人間は結構いると聞く。少しでも入部を戸惑う可能性を潰すためにも俺はその提案をしたのだった。

 しかし、結衣が困惑の表情を見せたのはそれが理由ではなかった。

「ごめんなさい。私、入部出来ないんです」

 申し訳なさそうに断りを入れる結衣に俺と阿佐谷は「だよな」と落胆する。

「あ、別にお二人が嫌だからというわけではないんです!」

 理不尽ではあるということは重々承知しているが、気遣われると逆にショックである。

「そうか。ちなみに一応理由を聞いてもいいかな?」

 だが、阿佐谷は諦めきれなかったらしく、へこたれずに挽回のチャンスを探そうとする。

 すると結衣は少々間を置き、申し訳なさそうな表情で言ったのだった。

「実は…私、映像研究会の人間なんです」

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