1-7 セクハラ、ダメ、絶対
結論から言おう。
思いの外お菓子パーティーは盛り上がった。
確かに俺たちには共通の話題はない。しかし、大学入学以来阿佐谷に付き合ってきたおかげでそれ関連の話のネタは沢山ある。数少ない話ノーカードを駆使し、なんとか話を盛り上げた俺は、この数日間で間違いなく一番の機転の持ち主であろう。
内心鼻を伸ばし、結衣との会話を楽しんでいた時だった。
「たでーまー」
奴が帰ってきた。
そうだった、阿佐谷の鞄が部室にあったということは、即ちそれは帰宅を意味していないことだ。
俺がコンビニに行く前の興奮具合はどこにいったのか、呑気な様子である。
「お、何々遂に中野も俺がいない間に女子を連れ込むようになったの?」
恰好のからかい材料を見つけたとばかりにうざく絡んでくる。
「違ぇよ」
否定はしてみるものの、そうとはいえない状況に言葉が詰まるものである。
「お前、煙草吸いにいってただろ」
「なんでわかるんだよ?」
「煙草臭ぇんだよ」
話をそらすために服にこびりついた煙草の匂いを指摘すると、阿佐谷は「そんなことねぇんだけどな」と首を傾げながら匂いを嗅ぐ。
以前から疑問に思っていたが、喫煙者は煙草の匂いがわからなくなるのだろうか。おまけにズボンの後ろのポケットに封が開いた煙草の箱が詰められているから言い逃れは出来やしない。
「ねぇ、俺って煙草臭い?」
折角だ。俺以外の人間がそこにいるから聞こうとでも思ったのだろう。
その質問に結衣は案の定答えに迷っている。
まるで知り合いに連れションでもしようぜみたいなノリで結衣に尋ねる阿佐谷に苦言を入れようとした時だった。
「どうした、阿佐谷」
天敵を見つけ死んだふりをするオポッサムのように阿佐谷もピタリと固まった。
「おーい、大丈夫か」
試しに阿佐谷の顔面前で手を振ったり、背中を蹴り上げたりするが、びくとも反応はなかった。
「えーマジでどうしたんだ、こいつ」
目の前の異常事態に何を思ったのか結衣もソファーから立ち上がり、阿佐谷の傍に近寄り、見上げるように様子を窺う。
とりあえず、鞄と一緒に阿佐谷を部室の外に放り投げるかと考えた時だった。
「ギャー!」
「結衣ちゃーん!?」
何を思ったのか突然前振りもなく阿佐谷が結衣の両手を握りだした。
突拍子な阿佐谷の行動に結衣は当然叫び声をあげる。
「何してんじゃ、ボケ!!」
思わず阿佐谷に体当たりし、結衣を解放する。
かわいそうに、解放された結衣は恐怖の為か呆然としており、まるで魂が抜けたような様子だ。
「お前な、急に女子の両手を握るとか正気か!?」
突拍子もない阿佐谷の行動にそう言うと
「痛ぇよ、中野!何すんだよ!」
急な衝撃に驚いたのか、そのように抗議してくる阿佐谷。
「それはこっちの台詞だ!俺はお前がここまで阿保だとは思わなかったわ!」
目の前の出来事に頭が追い付かないのはこの場にいる人全員がそうである。
「というわけで、俺たちは今日から赤の他人だ。犯罪者は今すぐこの部屋から出ていけ。」
それだけ言い残し、俺は彼女に話しかける。
「阿佐谷が君に失礼なことをしてしまってすまない。この後のことなど気にしなくていいから自由になってくれ。なんなら警察にこのことを通報してもいいくらいだ。その場合は俺も協力するから、連絡先を交換してくれないか?」
ちゃっかりと連絡先を交換しようとすることはこの際目をつぶってもらいたい。まあ、実際に阿佐谷を警察とかに突き出すのだとしたら必要なことだし。
ハッキリ言って、阿佐谷に情けをかける理由などない。
「なんか俺犯罪者扱いしてるみたいだけど」
「犯罪者だろ?立派な」
「いや、これには色々と理由があるんだよ!」
「ほう…その理由とやらを言ってもらおうか、このセクハラ野郎」
阿佐谷を正座させて一応その理由を聞いてみる。
「恥を忍んで言うが、実はその娘、俺の死んだ妹に瓜二つなんだ!」
聞いた俺が阿呆だった。
そのまま無言でスマホを手に取り警察を呼ぶために番号を押す。
「待て!お前どこに連絡しようとしてるんだよ!」
「警察だよ」
「話が飛躍しすぎてないか!?」
「お前な、もう少しマシな言い訳しろよ。お前に妹がいた事実なんてねぇだろ」
「いや、それがいたんだって!」
「嘘つけ!初対面の講義の自己紹介の時に家族紹介したじゃねぇか!その時に妹はいないですってわざわざ自己紹介してただろ!」
「それはその時のノリというか」
「そういうところだよ!お前の普段の態度と初対面の時の自己紹介のせいでまるっきり信用出来ないんだよ!」
今までこいつとつるんでた俺が心底馬鹿野郎だとこの時ほど思ったことはない。
おまけに俺に抱き着いて情けをかけてもらおうなんざ見苦しいったらありやしない。大体俺には男に抱き着かれたいという欲望はない。抱き着かれたところでむさ苦しいだけである。
そんな見ているだけでむさ苦しい野郎二人で言い合いをしているこの状況を止めた勇気ある者がいた。
「それは仕方ないですね」
『えっ?』
「死んだ妹さんに似ているなんて…それは仕方ないことですね」
「ゆ、結衣ちゃん?」
「ごめんなさい…私、涙が」
まさかの結衣が阿佐谷の見え透いた嘘を信じ、涙を流すとは思わなかった。
想定外の事態に開いた口が何も言えなかった。
「そうなんだよ。すまないね、初対面の君に無礼なことをしてしまって」
「いえ、そんな仕方ない事情なら」
とりあえず、結衣の騙されやすさに他人事ながら不安になってしまったのは言うまでもないことである。
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