1-1 こうして俺と奴は出会った

 阿佐谷朱鷺が突然映画を撮影したいと言ったのは、とてもよく晴れた日のことでだった。奇しくも4月の進学、入学のそれぞれ気持ちが何かしら変わる月のことであった。

 おそらく、この男のことだ。どうせこの時期恒例のサークル勧誘の様子に影響されたのだろう。もしくは、きっと何かしら他の出来事に影響されたのに違いない。しかし、今までの経験からどうせすぐ飽きるかと思った。

 思い出せば出会ったきっかけというものがなんともいえなかった。

 今とは真逆の金髪だったことはともかく、金髪のモヒカン姿に穴が開きまくりのダメージジーンズで上下を決め、顔は某太夫も真っ青なくらいに白く染め上げ、目は明後日の方向へ向いていたように思えた。

 一発で関わってはいけない人物とわかるその姿に、俺はもちろん周囲の人間も目を合わせないようにする。その様はまるでモーセの海割りのように見事に人が離れていった。

 当然俺も奴の目に入らないようにそそくさと目立たないようにするも、それはあっさりと失敗に終わった。

「それじゃ、今からお互いの自己紹介をしてください」

 少人数のクラス指定された講義だったことが災いした。

 俺はくじ引きで指定された奴と自己紹介をし合う羽目になってしまった。

「俺、中野っていうんだ。君の名前は?」

 顔に出ないようににこやかに名前を言う。下の名前を伝えなかったのはこれから先なるべく関わりたくないからだ。必要以上の個人情報はなるべく明かさない。現代社会に生きていく上での必須スキルである。

「阿佐谷朱鷺」

「へえー阿佐谷君っていうんだ」

 当然だがこれ以上話は発展しなかった。

 声低っ!ひょっとして何か機嫌損ねましたか?

 奴の様子に一瞬そう警戒するも、特に変化はなかったので大丈夫であろう、多分。

 無言の時間が続き、それがつらく時計を見ても指定された時間までまだ相当あった。周囲はそれなりに盛り上がっている奴らが多く、なんなら連絡先交換している奴までいた。

 俺も可愛い女子と自己紹介し合いたいなんて我儘は言わないからせめて普通の奴と会話したかった。無言の時間がこんなにもつらいということをこの歳になって知る羽目になるとは思わなかった。

「ねぇ、阿佐谷君ってさ、もしかしてバンドとかやってるの?」

 せめてこの非常に気まずい時間をなくそうと阿佐谷の背中にあったギターケースを指さし尋ねる。

「バンド?」

「そう、バンド!それ、ギターケースでしょ?あ、もしかしてベースだった?」

 なんとか話を広げようと必死にそのギターケースの話題を出してみる。

「ああ、これか」

「そう、それ!」

「これかばん。ギター入ってないよ」

「なんでだよ!」

 ご丁寧に見せてくれたギターケースの中身は大学の講義などに必要な図書類や文具などだった。ギターケースの中身と遠く離れた物に突っ込みを隠せざるをえない。

「あ、ちなみにバンドはやってないよ」

「その見た目でなんで!?」

「やろうとしてバンドのサークルに入ろうとしたんだけど、キーボードは足りてたみたいで…バンドはやらないことにしたんだよね」

「だからってなんでギターケースを」

「ほら、これ持ってたらなんかバンドマンみたいじゃね?」

「いや、そうだけどさ!」

 頬を染めて照れたように笑う阿佐谷に俺は何も言えなかった。


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