かんとく! 大学生活を謳歌するために映画撮影することにしました 

@melonstrawberry

第1章 全てのはじまり

「お願いします!」

 春眠暁を覚えず、真面目な学生にとって天敵となるその現象が現れ始めた海帝大学部室棟で一人の男の懇親の声が響いた。

「この通りです!どうか…どうか、映画撮影用のカメラをお貸しください!」

 そう言って俺の隣にいる男、阿佐谷朱鷺は絵に描いたようなスライディング土下座で俺をドン引きさせた。ここまで綺麗に土下座できる人間など俺の人生一度も見たことがない。

恐らくだが阿佐谷にとっては己のプライドを賭けた土下座だったのであろう。大学からの短い付き合いだったとはいえ、短い間に見て来た奴の性格から考えても人に頭を下げることはあっても頭を地面に着けることはないはずだ。

そんな阿佐谷の渾身の土下座をされている相手である、血みどろの男が包丁を持っているなんとも趣味が悪いTシャツを着た男、映像研究会幹部の一人である目黒はその様子を鼻で笑い

「いくら土下座されても、貸せないものは貸せませんよ、阿佐谷さん」

 と嫌味ったらしく言った。

「誰が部員でもないあんたらに貸すと思ってんの?ま、例えあんたに貸したところでも良い映画が撮れるとは思わないけどね」

 まあ、目黒の言い分もわからんでもない。ていうか、むしろ正論である。ぐうの音も出ないとはこのことだ。

 しかし、阿佐谷はへこたれない。

「おい、そんな言い方はないだろ!」

 先程までの土下座はどこにいったのやら、目黒の襟元を掴む勢いで地面から顔を上げ講義を始めだす始末である。

「確かに言い方はキツイかもしれないけど、ここは落ち着けって」

流石にこのまま暴れて喧嘩沙汰になられても俺が困るだけだ。なので止めて帰ろうとすると

「帰るか」

「はぁ!?」

「中野、帰って別の作戦練るぞ」

 何事もなかったように目黒に背中を向けた。青天の霹靂とはまさにこのこと。

「ちょっ、阿佐谷!お前いいのかよ?」

 あまりの話の速さに戸惑いを感じていたら阿佐谷は言った。

 てっきり殴り合いをすると思ったのに、何も起こらなかったことはそれはそれで却って不気味だ。

「貸してくれねぇって言ってるんだから仕方ねぇだろ?ここで粘るだけ無駄だ」

 そう言って阿佐谷はさっさとその場を離れてしまった。

「まさか、お前何か企んでるとかじゃねぇだろうな?」

むしろそうであってくれ。その方がいっそのことすっきりする筈だ。

「別に。何言ってんだ、お前」

 そう言って阿佐谷は拍子抜けした俺を背にその場を立ち去ったのだった。


 土下座してまであれだけ懇願してたのに、阿佐谷という男の諦めがとても早いものであったことが少し引っかかる。

 約一か月前に突然映画を撮影したいと言い出して以来阿佐谷はその手の調べ物をしたり、自分で試しに自分のスマホで動画撮影したりと、急な思いつきにしては随分と入念に準備を進めていた。

 どうせすぐに飽きるだろうとも思っていたのに、今や毎日のように何かしらの行動をしている。

 これまで映画に興味も素振りも見せなかったこの男が何故ここまで執着するのだろうか。

 俺の疑問をよそに阿佐谷はニンマリと笑い次の計画を練るのであった。

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