第2話 狙われるメイド

使者を追い返してすぐ。


昼過ぎの中庭で、なぜか私は主人と一緒にお茶をしている。


これは毎週1回恒例のスイーツパーティーだ。


「んぐっ……んぐんぐ、だいたいこんなにうまいもんがあるのに、人間の鉄臭い血ぃ吸うとか、もうそれ食文化として終わってね?」


シャビ様は、テーブルに豪快に盛られたケーキタワーをどんどん胃に収めていく。私も負けじとプリンアラモードを頬張る。


「もぐもぐ、んんっ。それを吸血鬼の王子がおっしゃいます?あ、このプディングもどうぞ」


「うっわ、すっげーうまそう、これ~」


シャビ様は昔から、王族らしいお上品な暮らしや喋り方をなさらない。


お忍びで街に出すぎて、喋り方が下界に染まっているのだ。食生活も然り。


元々、シャビ様は吸血鬼の国の第15王子だ。王座なんて星と同じくらい遠い、忘れられた王子様。


なのに、吸血鬼同士で争う戦争によって親兄弟がどんどん亡くなって、とうとう彼が王太子の座についてしまった。

しかも現在、王位は空席。実質、シャビ様が王様である。


なぜすぐに即位しないかというと、まだ伴侶が決まっていないから。

吸血鬼の国では、血の盟約を交わした伴侶を持たない者は王位を継げない。


だったらすぐに伴侶を、と思うのが普通だが、どうにもこうにも「好み」があるらしく、人間みたいに政略結婚ができないのがやっかいなのだ。


そもそもシャビ様に王位を継ぐ気などなく、最後の王子として皆に「お願い!」と懇願されたので仕方なく王太子の地位には着いた。それなのに、人間との戦争の際は「早く寝たい」という一心で圧倒的武力で敵を追い返したのだから、ますます人気に火がついてしまって……


もう彼は王として即位するしかない。


「結局、もう和睦の証はいらないってはっきり断ったんですよね?」


私の問いに、グレープジュースをごくごくと飲み干したシャビ様は淡々と答える。


「あぁ。心の底からいらない」


「ですよね」


せめて聖女の血が甘かったらなぁ。なんて思ったのは私だけでないはず。


「和睦の証は、スイーツのレシピを提供させることで決着した」


「そうですか」


現状、吸血鬼の食生活に血液は必要ない。

なぜなら、畑で大量のブラッディ・グレープを栽培しているから。


ぶっちゃけ、ブラッディ・グレープの方が人の血よりも栄養満点でバランスも取れていて、味も甘みがあっておいしいらしい。


私は半分人間なので、そもそも血を摂取する必要はない。

吸血鬼の皆さんは、このブラッディ・グレープさえあれば一生血を吸わなくてもいいのだ。


「廃れた文明を本気にしやがって。人間にも持って行ってやろうか、『おまえらマンモス食うんだろ?』って」


「いや~、こっちは血を吸わなくなってまだ500年くらいしか経っていませんから、マンモスは言いすぎでしょう。けれど、先の戦でお亡くなりになったお父様やお兄様たちの分の恨みはないのですか?」


私は黒蜜がけのくずきりを食べながら、何となく尋ねた。

すると、食べやすいよう長い串に刺したマカロンにかぶりついたシャビ様がさらりと答える。


「別に。だって親父も兄さんも、野営明けの朝日を浴びて溶けて死んだんだろ。太陽を恨むのか?」


吸血鬼は朝日に弱い。昼間は平気なのに、なぜか朝日を浴びると溶けてしまうのだ。


「まぁ、シャビ様が何とも思っていないならいいですけれど。私たちは貴方にお仕えするだけですから」


「そうだ。気にするな」


こうして今日もお茶会は、平穏無事に終わるかのように思われた。


が、スイーツを食べつくした後、シャビ様がタピオカミルクティーを飲みながらなぜかじっと私の顔を見つめてきた。


「何か?」


目をぱちくりさせていると、急に彼は真剣な顔で尋ねる。


「アウローラ、あと3日で誕生日が来るな」


「え?はい。そうですね」


あと3日もすれば、私は成人年齢である18歳になる。

半分人間、半分吸血鬼の私は、自分の寿命がどれくらいあるのか読めない。成長過程を見る限りでは、人間と同じ成長・加齢だとは思えるんだけれど。


今はようやくシャビ様の見た目に追いついて、これからはきっと私の方が凄まじい速度で老けていくんだろうなと思うとやるせない。


80歳を超えているのに、ピチピチお肌の美青年な王子様がちょっとうらやましい。


「来年にはシャビ様より年上に見えるかもしれませんね」


何気なくそんなことを言って白玉あずきを食べると、なぜかシャビ様はニヤリと笑った。


「それはない」


いや、私は人間要素が強いんですけれど。

眉根を寄せて、顔だけで意義を唱える私を見て彼は言葉を続けた。


「アウローラ、おまえ俺の伴侶になれ」


「は?」


今、伴侶になれとか聞こえたんだけれど。

幻聴かな?


確かに伴侶になって、互いの血を交換し合う血の盟約を交わせば、人間要素の強い私だって吸血鬼と同じ寿命が得られる。老化の速度もぐんと遅くなる。


いやいやいや、でもシャビ様の伴侶って……


「お断りいたします」


「なぜだ!?」


なぜって王妃になるの決定ですよ?

嫌に決まってる。

しかも、こんな美形の隣で毎日過ごすなんて拷問だ。


「シャビ様は純粋な吸血鬼の中から伴侶を選ばれては?半人じゃ、重臣の皆様から反対を受けるかもしれませんよ」


適当なことを言って、私はシャビ様の提案を躱そうとする。が、彼はスッと一枚の紙をテーブルの上に出した。


「もうすでに全員の署名はもらっている」


「早っ!?」


「俺がおまえの血だったら飲んでもいいといったら、向こうから同意書に署名してくれた」


「結婚させたくて必死だな!?」


もっと高貴な美女の血をすすって、盟約を交わしてください。

盟約を交わすと、もう一心同体も同然で、死ぬときは一緒なんだから。


私は吸血鬼のような強じんな肉体じゃないので、ケガや病気で死にやすい。盟約を交わすと寿命は延びるが、死にやすいのは変わらない。


だから、もし私と盟約を交わしてしまって私がすぐ死んだら、シャビ様も死んでしまうのだ。

そんなことでいいわけがない。


「なんで私!?」


お茶トモダチ兼メイドですよ。

食べ物の好みは合うけれど、二人の間に艶めいたことはまったくないでしょうに。


けれどシャビ様は、私のそばにやってきて、そっと手を取って口元へと持って行った。


座っているメイドの手を、立っている王子様が持ち上げてキスするってどんな状況!?


羞恥を通り越して恐怖だ。


「俺は思ったんだ」


「何を……?」


「これほど甘いものが好きなアウローラなら、きっと血も甘いんじゃないかって」


わかりやすく血液目当てだった。しかも糖分過多をプラスに受け止めている!!


え、甘いの!?私の血って、甘いのかな!?

自分で自分の血を飲んだことなんてないし、ちょっとくらい甘くても血は血でしょうに!?


「俺の伴侶になれ。お前以外の女と血を吸い合うなんて、まっぴらだ」


「あの~、私は吸血鬼とさえ結婚しなければ、誰の血も吸わなくていいんですが」


そう、この吸血鬼の国には私みたいにダブルもいれば、混じりっけなしの人間もそれなりにいる。人口の1割くらいは人間なのだ。


だから私はその人たちと結婚すれば、誰の血も吸わなくていいのだが……

シャビ様はまるで意味がわからないという風に、コテンと首を傾げて言った。


「え?だって俺が吸わないといけないのに、お前だけ助かるっておかしくね?」


「なんで運命共同体みたいになってるの!?」


「大丈夫だ、痛くしない。優しくする」


「そう言う問題じゃありません」


「毎日甘いものをやるし、かわいがる。散歩にも連れていく」


「ペットじゃありません」


「おまえにぴったりのウエディングドレスもすでに用意した。結婚式は3日後だ」


「怖いぃぃぃ!!準備が整いすぎていて怖いぃぃぃ!!」


逃げようとする私、じりじりと追い詰めてくるシャビ様。



あああ、やってる行為は変態極まりないのだが、顔はいい。


だが、顔はいい!!!!!



ムダに美形なお顔がどんどん近づいてきて、私は不覚にもときめいてしまう。


「アウローラ。血、ちょうだい?」


くっ……!でもダメ!

私に未来の王妃なんて無理!!


だってメイド!絶対的にメイドですから!


「大丈夫。吸血鬼になれば数百年単位で生きられるから、お勉強する時間はたくさんあるぞ」


塔の壁まで追い詰められ、華麗なる壁ドンをキメられてしまえばもう逃げ道などない。


――ゴスッ……。


シャビ様。

手が壁にめりこんでいます。壁ドンが全力すぎる。


「あの、私はメイドで、しかも半分人間で、好きな食べものは、ひんやり大豆だいずバーのアイスなのです。そんな女が王子様の妃だなんて」


「そんなことはどうでもいい。おまえが成人に近づくにつれて、どんな血の色してるのかなとか、糖度は何度かなとか、口に含んだらどれくらいの勢いで血流あるかなとかそんな妄想に掻き立てられてきたんだ」


やめろ。

変態性がすごい。


「俺たちに子どもができたら、その子の血は何色かなとか」


「髪色みたいに言うのやめてくれます!?」


私の血は赤、吸血鬼であるシャビ様の血は紫。どっちかなとは思うけれども、その妄想いる!?


怯えおののく私を見て、彼はまたうれしそうに笑みを深めた。


「こんなところに、ついてる」


「え?」


顔を近づけたシャビ様は、私の頬をペロッと舐めた。


「甘いな」


――ゾワッ……


背筋が凍る。

ヤバい。「気持ち悪い」と思う気持ちと、「だが顔がいい」と思う気持ちがせめぎ合っていてヤバイ。


「アウローラ、俺の伴侶になれ」


「お、お断りいたします……」


「そうか。受け入れてくれるか」


「聞いて。人の話を聞いて!?」


ダメだ。この人は砂糖と思い込みでできている。

がっくりと肩を落とし、白目でトリップしていると、シャビ様の休憩時間の終わりを告げる執事がやってきた。


「おや、お二人とも相変わらず仲がよろしいですね」


どこ見てるんだ。

こっちは腕がめり込むほどの壁ドンで、実力行使されてるんですけれど!?


ハクハクと口を開閉するだけで、声にならない声を漏らす私。

シャビ様は休憩終了を察して、はぁとため息を吐いた。


しかしここで執事がとんでもないことを暴露する。


「殿下。きちんと求婚できましたか?血が欲しいとかなんとか言ってごまかしたんじゃないでしょうね?先に死なれたら淋しいから、伴侶として長くそばにいてほしいって本心をお伝えになりましたか?」


「は???」


思考停止に陥った私の目の前で、シャビ様はぎょっと目を見開いて執事につかみかかる。


「はぁぁぁ!?そんなこと思っていないですけれどー!?俺はただアウローラの血がうまそうだから、ちょっと飲んでみたいなって思っただけですけれどー!?」


なんだろう。

シャビ様がすごい子どもに見える。


え、もしかして本気で私のことが好きなの!?


あんぐりと口を開けてシャビ様を見ると、執事の胸倉をつかみ上げてブンブン振っているシャビ様がちらっとこっちを振り返った。


耳まで真っ赤で、さっきまで壁ドンしていた人と同一人物と思えないくらいかわいい。


「ふぐっ……!」


ダメだ。


撃ち抜かれてしまった。


私は胸を押さえてうずくまる。


しかもそれを見た彼は光の速度で駆け寄ってきて、私の心配をし始めた。


「ああああ!アウローラ!?しっかりしろ!病か!?どうしたんだ!」


その狼狽えっぷりがおかしくて、私は思わず笑いを漏らす。


「ぷっ……ふふっ、ふ、ふふふふ……あははははは」


緊張感から解き放たれた私は、笑いが止まらなくなってしまった。唖然とするシャビ様は、これも病なのかと困惑しているように見える。


背中を恐る恐るさすってくるのが、何とも言えないかわいらしさだ。


「もう、仕方ないですねぇ。シャビ様の顔に免じて、伴侶になって差し上げます」


「本当か!?」


あぁ、もう。

なんでそんなにうれしそうな顔をするかな。


これから苦労することは目に見えているけれど、こうなったら腹をくくるしかない。


「まぁ、私も半分は吸血鬼ですし?血をもらって、さらには骨の髄までいただくのもいいかもしれません」


「おぉ……!吸血鬼の習性と、人間の貪欲さを兼ね備えた女は最高だな」


すごい言われよう。

冗談だったのに。




こうして私は、吸血鬼の国でお妃様になりました。






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王子様は、甘党の吸血鬼。メイドの私を伴侶にしたいって本気ですか!? 柊 一葉 @ichihahiiragi

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