仁志の家は平屋の大豪邸だった。田舎だから土地が余ってるだけだと仁志は言っていたけれど、それだけとも思えない大きさだ。余裕で迷子になれる。建物はずいぶん古く、歴史の資料で見るような佇まいで、その景色とも相まってタイムスリップでもしたような気分になる。


 通された客間の畳の上に腰を下ろした。ずいぶん長く山道を歩いた足はずんと重い。あの道のりを毎日通学に使っている仁志の体力が信じられない。あんまり軽い様子で歩いていたので少々歩く程度かと思ったのだが、車一台ぐらい通れそうだった道も途中から完全に登山道の体となり、急勾配を登ったり下りたり2時間ほどしてようやくたどり着いたのだった。

 玲央でも音を上げそうだった道のりは、子供の体の琉依には相当こたえるだろうけれど、琉依は一度も弱音を吐かなかった。基本的に意地っ張りなのだ。

「大丈夫か?ルイ」

 心配して声をかけてみたがその必要はなかったみたいで、琉依は本当に子供みたいに目を輝かせて珍しいお屋敷を堪能していた。

「なあなあ、レオ、ここマジでお化けとか出そうじゃね?」

 中身は変わっていないはずなのだが、精神年齢と見た目が一致しすぎている。

「出るかもなー。魔法がこの世に存在したんだから幽霊だって実在するんじゃない?」

「だよな。俺もそう思うんだ。やっべー、俺今日寝れるかな」

 嬉しいのか嫌なのかよくわからない顔で琉依は頭を掻いた。


 疲れを見せずに部屋の中をあっちに行ったりこっちに行ったりいろんなものを一通り見た琉依は、そのうち飽きたのか玲央のところへ戻ってくると、座ったままの玲央の頭を上からふさふさと撫でる。

「なあ、俺今気付いちゃったんだけど、仁志に会った時おまえ耳出てたよな」

「あ…」

 反射的に頭に手をやった。今はもうそこに耳はない。けれどあの時は確かに、瑠偉のいたずらでぴょこんと耳がとび出して間もない時間だった。誰もいないから問題ないだろうとすっかり油断していたし、当然自分の目には見えないから自覚がなかったが、今思えば思いっきり晒してしまっていたのではないだろうか。

「なんであいつ無反応だったんだと思う?俺のこの背の高さだとレオの頭の上はあんまり見えないけど、仁志の目線は違うだろ?見えてないってことはないと思うんだけど」

 しかし、仁志はその事実に何のリアクションもしなかったのだ。驚きにしろ好奇心にしろ恐怖にしろ蔑みにしろ、普通は何かしらの反応があるはずだ。少し気になる目線ひとつでもきっと気がつくだろう。けれど仁志には何もなかった。だからこうして何時間も普通に一緒に過ごしていても気がつかなかったのだ。

「色は髪とあんまりかわらないから変な髪型だと思ってたとか?」

「まさか。きもいオタクだと思ってあえて触れなかったんじゃね?」

「そんなやつ自分の家に自らすすんで泊めるか?」

「実はあいつもコスプレの趣味があるとか」

「だったらなおさら食いつくだろう」

 犬の耳が付いている人間を見て何の反応もせずスルーというのは一体どんな心理状態なのだろうか。

「わっかんねー。でも聞けねえだろ、あいつがほんとに間抜けで気付いてない可能性だってゼロとは言えないし」

「うん…」

 自分の迂闊さを今頃悔いる。最初からちゃんと隠していればこんなふうにもやもやと悩む事もなかったのだ。

「まあ、あいつが今後も触れないんだったらそのまま放っておくしかないんだけどさ」

 落ち込む玲央を慰めるように琉依はぎゅっと抱きしめる。柔らかな瑠偉のお腹に顔を埋めて、再びむくむくと耳が出そうになるが、

「なあ、俺はまんまさらけ出してても中身と外見のギャップに誰にも気付かれないんだけどなんでだ?」

 瑠偉の妙に切ない声にぷっと吹き出して、そんな気分はすぐに吹き飛んでしまった。




 結局その疑問の答えは自室で着替えを済ませた仁志が客間に顔を出してすぐに判明した。

「あれ、耳がない」

 玲央を見るなり仁志は遠慮もなく人差し指を突きつけて大きな声を出した。犬耳のある人間を見て無反応だった人と同一人物とは思えない見事なリアクションだ。

「小森村の人じゃなかったんだ。そうか、駅の方から来るからおかしいとは思ってたんだ。え、何?付け耳?なんで?真面目そうな顔してそういう趣味の人?」

 捲し立てるように詰め寄る仁志に玲央は眉を顰める。

 気付いていなかったという可能性はこれで消えた。この反応から導かれる答えは、玲央の耳を見てそれが異常だとは思わなかったという事だ。

「小森村ってなんだ?おまえはそういう人間を見た事があるのか?」

 近すぎる顔を遠ざけるようにその肩を押し戻し、玲央は仁志の言葉からその可能性を導き出す。

「あー、外の人には喋っちゃいけない事になってるんだけど…」

 余計なことを言ってしまったと口を押さえ目を逸らした仁志だったが、二人から向けられる真剣な視線にやがて折れた。

「信じられないかもしれないけど、この村のもっと山奥に獣人の村があるんだ。時々、物資の買い出しにこの村まで下りてくる」

「なるほど、見慣れてるわけだ」

 ザワリと胸が騒ぐ。玲央以外にも同じような体を持った者が存在するのだ。魔女に獣人、どうやら世の中には隠された秘密というものがいろいろあるらしい。


「場所を教えてくれ。何かわかるかもしれない」

 今度は玲央が仁志に詰め寄る番だ。けれどふるふると仁志は首を横に振った。

「それはだめだ。さすがにそれはまずい。俺たちでも彼らの村には入れてもらえない。どんな理由があるかしらないけど、諍いのもとになる事は勘弁してくれ。田舎の村っていうのは結構怖いもんなんだぜ」

「そこをなんとか、頼む。俺の耳は付け耳なんかじゃない、本物なんだ。初めて希望を見つけたかもしれないんだ」


 この半年、あてもなく彷徨い、様々な伝承などを調べ歩いたが、解決に繋がるような事には何一つ出会えなかった。こんなに核心に近い情報を見つけたのに諦めるわけにはいかない。

「全部話すから、嘘みたいな話だけど全部事実だから、頼む」


 包み隠さずすべてを話すと、仁志は目を大きく見開いてぱちくりする。そのままきょろきょろと視線をさまよわせ、何かを考え込むようにすると、やがてポンと手を打った。

「そうか、じゃあルイがアニキだっていうのも本当だったんだな」

「本当は見分けも付かないほどそっくりな双子なんだぜ」

「すげえな。魔法なんて本当にあるんだな。身も心も小学生じゃねえか」

「心はれっきとした16才だ、バカヤロウ」

「マジで?幼すぎねえ?」

 気を遣うという事を知らないらしい仁志は琉依の地雷を踏んで盛大に殴られる事になる。


「よし、わかった。道は教える。その先どうなるかは知らねえぞ」

 腫れ上がった頬をさすりながら仁志はドンと胸を叩いた。殴られたからというわけではないだろうが、気持ちは伝わったようだ。

「ありがとう。村には迷惑かからないようにするから」

 正座をして丁寧に頭を下げると、背中にドスンと琉依が飛び乗ってくる。

「よかったなあ、レオ。レオの呪いだけでも解けるといいな」

 背中に頬をすりつけるようにされてぴょこんと再び耳が出る。

「わ、ほんとに出た。なあなあ、触ってもいい?」

 目の前で不意にとび出したその耳に仁志が手を伸ばすと、琉依がものすごい力で玲央の体を背後に引っ張ってそれを避ける。

「俺のレオに気安く触るな」

 ぎゅっと玲央の背中にしがみつき、仁志に向けてべーっと舌を出す。

「ルイは呪い解けなくてもいいんじゃね?その姿でもレオは興奮するようだし問題ねえじゃん」

「…あ…」

 急に恥ずかしくなって玲央は両手で耳を隠した。性的興奮に反応する事もルイとの関係も全て晒してしまった状態でこれを見られるのは、裸で歩いているのと同じようなものだ。

「問題あるにきまってんだろ!」

 またしても戦闘状態になる琉依にあっさり白旗を揚げて仁志は両手を上げたまま客間を後にした。


「もしも、俺の呪いが解けたとしても、ルイの呪いも解けるまでちゃんと付き合うから」

 仁志が閉めた襖に向かってファイティングポーズをとったままの琉依に手を伸ばし、その小さな体をぎゅっと抱きしめた。

「このままでいいなんて、俺は思ってないから」

「俺さ、レオと区別付かないって言われるの好きなんだ」

「そうだね、俺も」

 抱きしめる腕の力を緩めれば、望んだ通りに可愛いキスが降ってくる。

 二人でいられるならこのままでもいいなんて思った事もあるけれど、戻れる希望が少し見えてくると欲は湧く。

 まだまだ呪いを解く方法を見つけたわけでもなんでもないのに、気持ちは逸る。

「明日はきっともっと歩くぞ。しっかり休もう」

 既にスイッチが切れかけている琉依はやはり子供の体力しかないのだ。抱え上げて布団に横たえるとあっという間に眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る