第10話

【元旦】


「起きて起きてー!」


ザシャアアア、という無機質な音と共に、

暁突入小隊はこの寝室へと入り込む。

そして、部屋一面をその暁光でもって優しく包み込み、

果てには私をもうい…


「起きろー!ちょっぷ!」

「いて…」

「なぁーにグダグダしてんのよ!元旦よ?

 早く起きておせち食べよ!あたし用意したんだよ!」

「…うん。…ふぁ~。」

「ほんと猫みたいねぇ。」

「…」


ああ、すずさん。

暁光があなたを照らし、

俺にはあなたがこの世の何よりも輝いて見える。


俺はすずさんの腕を取り、無理矢理ベッドへと引き寄せた。


そして、その優しい乳白色香る乳房へと顔を…


「もう!何すんのよ!

 じゃれついてこないで、いい加減早く起きなさいよ!」

「どわぁ!」


物凄い勢いで突き飛ばされた…。

すずさん、案外力あるのね…。


「…ごめん。おはようございます。

 はい、すぐ、起きますね。」

「おはよ!解ればよーし!んじゃ、待ってるから!

 早く顔洗っておいでねー!」

「…あい。」


そこへことを察してか否か、

黒猫のクロがやってきた。


「ニャ~。ゴロゴロゴロ。」

「おお、クロか。」


そうかそうか、オスのお前には解るか。

うんうん、男って、つれぇよなぁ。


俺は適当に着替え、適当にうがいをした後、

適当に顔を洗い、適当にタオルで顔を拭いた。

そして、すずさんが待つ居間へと向かう。


って、まだ朝9時じゃねぇか…。

昨日そんなに夜更かししなかったんだからさぁ、

もうちょいダラダラしててもいいんじゃねぇ~?


…まあ、いっか。

…すずさん、何か張り切ってて、可愛い。


「お待たせぇ~。ってうぉ!マジ!?」

「へへへ~!」


テーブルには豪華なおせち料理の三段重が

綺麗に並べられていて、それだけでなく、

ビールにワイン、高級な純米酒といった酒類も

所狭しと配置されていた。


「明けまして、おめでとーございまーす!」

「…」

「おい…」

「…ん?あ、ああ!おう!お、おう!

 明けまして、おめでとうございます!」

「はい、本年も宜しくお願い致します!」

「すずさん、こちらこそ本年も宜しくお願い致します!」


あっけに取られてしまった。

…朝っぱらから豪華すぎるだろ!


「はい、あなた。」

「…え?あ、ありがとう!」


すずさんは俺にビールをお酌してくれた。


「ははは!なぁにぃ?さっきから。

 まぁだ寝ぼけてんじゃないのぉ?」


俺もすずさんへとお酌をする。


「い、いやぁ、豪華すぎてさ!眠気吹っ飛んだよ!」

「ははは!

 はい、ありがとう。

 百貨店で並んで買ったんだからぁ。」

「すずさん…」

「じゃ、かんぱーい!」

「お、おう!かんぱーい!」


って、朝9時だぞ!?

朝9時からのビール!?


ゴクゴクゴク…


「あー!おいし!」

「…」


…う、うま…美味すぎる。


微醺を醸す、金色の君よ…。

ああ、背徳の一杯。


「すずさん、色々ありがとう。」

「ううん!いつもやってもらってるしさ。

 お酒とか、買い出しとか、重いし大変じゃない。

 元旦くらいはねぇ~。」

「…すずさん。」

「ほぉら、早く食べよー!」

「あ、ああ!いただきます!」

「いっただっきまーす!」


俺は一人でも大丈夫だ。

俺の人生はそんなもんなんだ。

…と、そう考えていたが。


それはどこか諦観した、

自身への言い聞かせ、慰めだっただけなのかもしれない。


他人のことは解らないし、どうこう言う権利も義理もない。

自分の好きにやれば良いと思う。


だが、当時の俺自身には、今ハッキリと言える。


「強がんな。独りは辛く淋しいものさ。

 少なくとも、お前はそういう男だ。

 だから、心の底から共感しあえる人と、

 泣き、笑い、共存し、

 そして、世界で一番大切にしてやりなさい。」


すずさん、ありがとう。


俺は林の中の象のように、

孤独に、気高くなんて、

そんな生き方出来やしないよ。


すずさん、あなたがいてく…


「んんんんんんんんんんん!!!!!!!」

「うおぉ!!びっくりしたぁ…。なぁにぃ、すずさぁん。」

「…う、うま。」

「馬?」

「美味すぎる!」

「…は、はは。…そいつはよかったです。」

「はぁ~!美味しいね!高いだけはある!」


…うん、変にスカすのはやめて、今この瞬間を楽しもう。


「…あ!マジ美味い!おせちっぽくなくて、色々とすごいなこれ!」

「でしょ~!おつまみ重、お魚重、お肉重の三段重になってるのよ!」

「おおおおお!…そいつはマジですげぇなぁ。

 うん!どれ食っても美味いよ!」

「もぐもぐ、よぉこんで、もぐもぐ、くえへ、もぐもぐ、よはっは。」


すずさぁん、ほおばりすぎだしね、

ちゃんと飲み込んでから話そうか…。

…まあ、可愛いから許すけど。


「いやぁしかし、ほんと美味いなぁ。

 ありがとう!すずさん。」

「並んで奮発した甲斐あったわね!」

「うんうん!…でもさ。」

「ん?」

「これ、きっと一人で食っても味気ねぇんだろうな。」

「…」

「俺ずっと一人だったしさ、正月。

 あと、やっぱすずさんと一緒にいるから…」

「ささダンナ!飲んでくだせぇ~。」

「あ、ああ、どうも。」


…ったく、何キャラだよ。

でも、ちょっと湿っぽくさせてゴメン。


「プハぁ~!」

「ダンナ、良い飲みっぷりですねぇ。」

「さ、姫様も。どうぞ一杯。」

「うむ、くるしゅうない。」

「ぷっ…」


だから何キャラだよ…。

…ホントすずさん、可愛いなぁ。


「プハぁ~!」

「姫様、良い飲みっぷりですね!」

「ははは!似た者同士ね。」

「ふふ。ああ、そうだな。」


すずさん、知ってるかい?

今この瞬間でさえ、

世界中のどこかで誰かが自ら死を選んでいるんだって。


だけど大丈夫。

俺は何があっても生き抜くよ。

あなたと、あなたとの思い出を守り抜くために。


「待て待て待てー!あけおめー!抱っこ抱っこー!」

「ニャー!」

「ニャー!」

「…」


それと、この二匹もな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

俺の愛したこじらせ女 あつ @atsu_nora

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ