第9話

【大晦日】


年の瀬とは程遠く、

多忙を極める時期はいつもそれで、

こっちに選択する余地などなかった。


そして大晦日。という名のいつもと同じ一日。

仕事から帰り、家で気が付けば年が明けていたり、

会社や、撮影現場でそのまま年を越すことも少なくは無かった。


それが今年は…


「ニャーー!!!」

「待て待て待てーー!!!」


…非常に賑やかである。


しかし、すずさんが綺麗好きで助かる。

日頃から家を綺麗にしてくれているから、

大掃除があっという間に終わってしまった。


俺は運よく今日の午前中で、

そしてすずさんは、27日で仕事納めだった。


大掃除の後、

俺たちは夕方ごろに外出し、年越し蕎麦を食べ、

ブラブラしながら家路に就いた。


今は家で二人、のんびりまったりとしながら、

年が明けるのを待っていた。


「すずさーん、

 一段落したし、年越し蕎麦も食ったし、

 そろそろ乾杯しない?」

「おーう!」


…ってあれ?

こいつ、すでに飲んでやがるな…。

まあ、いっか。


俺の両親は仲が良く、毎年年末は二人で旅行に行き、

その旅先で年を越している。

妹が一人いるが、あいつも旦那の実家で子供たちと過ごしている。


俺にとって、毎年一人の大晦日という

いつもと同じ一日が、今年は違う。

とても幸せを感じる。


すずさんは実家への帰省、

今年の年始の挨拶は敢えて日にちをずらすらしい。

なんでだろ。


「かんぱーい!」

「はい、乾杯!」


お互いにビール好きで、

乾杯は絶対にビールだ。


「んまーい!」

「かぁー!うめぇ。」

「一年あっという間だったね!」

「そうだなぁ。あっという間だったな!

 で、すずさん。今年はどうでした?一年振り返ってみて。」

「ふっふっふっ…。」


ぶ、不気味な笑みだ…


「へ、へぇ~。良い一年だったみたいだね。」

「まーね!」

「そいつぁ良かった。」

「ねぇねぇ、そんなあなたはどうだったのよ。」

「ん? 俺か? そうだなぁ、俺はぁ…」


思い返してみれば、こんなに誰かを好きになったことなんて、

大切に思ったことなんて無かった。

俺は俺として、俺だけのために、好き勝手生きてきたような、

そんな気がしてくる。


そういった生き方が良いとか悪いとかじゃなくって、

ただ、すずさんといる今が幸せで仕方がない。


彼女さえいれば、どうってことない一日さえも、

光り輝く素晴らしい一日になる。


もう同棲を始めてから数か月が経とうとしているが、

大きな事故も事件も喧嘩もなく、

不思議なほどに、毎日鮮明に心が彩られてゆく。


俺は無宗教だし、あまりそういったことには興味がないけれど、

天使なんてものがこの世にいるのなら、

すずさんはきっと俺の天使なのだろう。


そう、すずさ…


「うぉーい!!」

「うわぁ!ビックリした!!」

「ねぇ、そんなに考えるもん?」

「あ、いやぁ…ちょっと」


ゴメン、思いふけってた…。

すずさんのこと想い過ぎてた…。


「何もないんかーい!」

「いや、あるって!すげぇ良いことあったって!」

「なんじゃい。」

「…お前と、一緒に居られたこと。」

「…」

「毎日お前と顔を合わせて、飯食って、話して。

 寝顔見て、変顔見て、酔っ払って、泣いて、笑って。」

「…」

「うん、お前とい…」

「すとーーーっぷ!」

「…え?」

「はい、すとっぷ。ね、そこまで。うん、そこまで。」


あ、すずさん顔真っ赤っかだ。

ほんとシャイだよなぁ。

…可愛い。


「とにかく、最高の一年だったよ。すずさん、あなたのおかげでね。」

「あーーーーー!!!」

「うわっ!なんだよ~。いきなり大きな声出すなってぇ。」

「…膝。」

「膝?」

「なんであなたの膝の上にミケがいるのよぉ。」

「あ、ほんとだ。」

「なっ!?」

「どうしたお前、いつの間に来てたんだ。」

「ニャ~。ゴロゴロゴロ。」

「プルプルプルプル…」

「え?」

「プルプルプルプル…」


うーん、怒りの擬音語を口に出しながら震えているのか。

…すげぇ可愛い。


「どうし…」

「怒ってんのーー!!!」


可愛いから泳がせてみよう…。


「いーっつもあなたばっか。はぁ~、イヤになっちゃう。

 どうせどうせ、あたしはエサやりおばさんですよ。

 今度の1月で30ですよ!」

「…」

「…なによ!」

「…可愛い。」

「えっ?」

「可愛いよ、すずさん。ミケどけるからさ。

 すずさん膝枕してあげる。」


ソファーに二人で横並びに座り、テーブルを挟み、

大き目の台の上にテレビを置いているうちらのリビング。


いつだって俺はすずさんの隣に居たい。


「ミケ、ゴメン。」

「にゃ~…」

「ほら、すずさん、おいでぇ~。」

「…」

「すずさん?ミケどけたよ。」

「…よっこいっしょっと。」


あ、席立った。


「…すずさん?」

「…待て待て待て待てー!」

「ニャー!!!」

「ニャー!!!」


…あ、猫追いかけ始めた。…淋しいなぁ。

でもまあ、シャイなのはいつものことだし。

うん、すずさん、今日も可愛いぜ。


いや、でも今日は…


「うわぁ!びっくりしたぁ!」


すずさんの行く手を俺は遮った。

そして…


「ちょっ!ちょっ!

 ええええええ!?なに!?急に!どうしたの!?」


すずさんを抱きしめた。


「捕まえた。」

「…うぅ…つ、捕まっちゃった?」


こんなに小さい身体で、よく頑張ってきたね。

こんなに小さい身体で、よく我慢してきたね。


「いい子、いい子。」


俺はそういうと、すずさんの頭を撫でた。

何故か、俺は泣きそうになってしまった。


すずさんもギュッと俺を抱きしめ、語り掛けてきた。


「えへへ。…頑張ったよ。えらい?」

「うん、えらい。…すげぇ、えらい。」


やべぇ、ホント、泣きそうだ…。


「しあわせ~。…ほんと、ありがとね。」

「…俺の方こそありがとう。」


俺はすずさんの肩に手をやり、彼女の潤んだ瞳を覗き込んだ。


「…こういう時は、目ぇつぶるもんだぜ。」

「えっ?」


すずさん、あいし…


「ああああああ!!!」

「うわああああああ!!!何だよ!?急に!」

「…年。」

「え?」

「年、明けてる…。」

「えええ!?」

「…ほら、テレビ。」


俺は振り返り、テレビに目を向け、耳をすますと、


「いやぁ、今年はどういった年になるのでしょうか!

 去年は…」


「ぷっ、ははははは!!!」

「…あはははは!!!」


俺たちは腹を抱えて笑いあった。


「お前面白すぎるだろう!…あ~腹いてぇ。」

「あなたこそよぉ!…お腹いたい。」


気が付いたら年が明けていた。


「すずさん、新年あけましておめでとうございます!」

「はい、明けましておめでとうござます!」

「ぷっ、ははははは!!!」

「あはははは!!!」


こんなに楽しい年越し何て初めてだ。


「いやぁ~おっかしい。」

「すずさん、あの…」

「あ、そうだ!」


逃げられた!

くぅ~!


「…あれ、すずさん。外着着込んで、どうしたの?」

「ねぇねぇ、そこまで酔ってないし、まだ眠くもないからさ、

 すぐそこの神社まで初詣に行こうよ!」

「おおお!いいぜ!行こう!」


小学生の頃を思い出す。

眠い目をこすりながら、家族で行った、あの時を。


「何年ぶりかなぁ。いや、何十年?」

「俺も俺も!…何かワクワクするな!」

「うんうん!」


「ミケぇ~、クロぉ~、行ってくるにゃー!」

「そんじゃあ、行ってくるぜ。」

「ニャ~。」

「ニャ~。」


俺たちは寒空の下、身を寄せ合いながら、

近くの神社へと行き、初詣をし、甘酒を飲んだ。


「ねえねえ、あなた、何お願いしたの?」

「そりゃあ、お前と、ミケとクロと、みんな健康で、

 楽しく過ごせますように、ってな。」

「ふふ、…あたしも同じ。」


すずさん、可愛すぎて、俺の方が照れちまうよ。


「なあ。」

「ん?」

「…甘酒、温まるな。」

「…うん。」


もう一人じゃない、最高の年越しだった。


「よかったぁ。こっちいて。」

「ん?何か言ったか?」

「ううん!べっつにぃー!」

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