第二話

 早朝、静かに佇んでいる美術館の一部のから土煙が上がっていた。


 それは辺りの荘厳な景色に似合わず、無作法にもこの徹底された美しさを汚すここには似つかわしくない光景であった。


 そしてその土煙の中へと入って行くのは、この美術館には合ってるかも知れないが、そこで起きた爆発へと侵入するにはおよそ間違いである格好のであった。


 水色の長い髪をなびかせ、その髪色に似たフリルのドレスを砂塵で汚していた。どこか儚げな雰囲気をした幼い少女は、誰に言う訳でもなく独り言をこぼしていた。


「……こんな大きな家を建てるとか何を考えてるのかしら異世界ここの人間は。私達が苦労している中でこんな場所があると思うと嫌になってくるわよ」


 その少女はブツブツと呟きながら頭を右へ左へ、キョロキョロと動かしながら何かを探していた。すると何かが地面に落ちているのが目に入った。


 瓦礫を踏みながら近づくとそれは真っ白な羽であった。


「羽? 一体どこからこんな物が……」


 少女が拾い上げようとほんの少し指先を触れた瞬間、体全体が何かに引っ張れるかの様に後方へと勢いよく吹き飛ばされたのだ。

 

「…………ッ!?」


 少女は一体何が起きたのか分からず、驚嘆の表情と共に声にもならない音を喉から出すと、ぽっかり空いた壁の穴へと吸い出されてしまった。


 徐々に砂が地面へと落ちていくと、部屋の片隅で座り込む三人の影が浮かび上がってきた。


「『バードランド《リポート》』。羽の結界で飛んで来る瓦礫は全て弾きましたけど、誰ですか今の! 狭間さんの知り合いですか!?」

「知るかあんなガキ。むしろお前の方が知ってそうだが、何も知らずに羽へと触ったから知人ではないようだな」


 イオリが捲し立てる様に狭間へと話かける中、彼らの近くには大量の白い羽が地面へと落ちていた。だがその白い羽は少しずつ黒ずんでいき、やがてただの埃となって消えていった。


「何だねこれは一体何がどうなって……。ハッ、それよりあの包みはどこへ!」


 イオリの後ろに庇われていた館長は咳き込みながらも辺りを見渡し、先ほど持っていた包みを探した。


「安心して下さい、あれは既に閉まってありますので。それよりもこれはどういう事なのか後で説明して貰えますかね? 私は先にあの侵入者について調べますので、金と話す用意だけはしておいて下さい」

「あっ、狭間さん! 私も行った方が良いですか?」

「……そうだな五分経ったら来てくれ」


 狭間は館長へ冷たく言い放ち、イオリへと指令を出すと穴から飛び降りた。ここは五階。そんな場所から生身で飛び降りればタダでは済まないだろう。


 だがいつの間にか彼の手はロープを握っており、徐々にロープが張るのと同時に落下の速度も下がっていき、地面に足がつく頃には勢いは完全に消えていた。


 何事もなかった様に狭間は新しく抉れた地面へと近づくと、いくつもあるポケット中から一枚、折り畳んだ紙を取り出していた。


「イタタタ……、今のは? なんで私が吹き飛ばされたの? それに地面に当たるまで何故か止まらなかったし」

「そこの貴様、不用意に動くな。そして大人しく俺の質問にただ答えろ」


 ぶつけた箇所を擦りながら立ち上がろうとしていた少女を睨み付け、右手の拳銃を向けていた。


 相手がどんな幼げな少女であっても関係ない。それが害をなし、敵対するのであれば慈悲をかける事など決してない。それは今までやって来た行為であり、今後も続けていく行為であった。


「なによアンタ、随分と偉そうな口振りじゃない。ムカつく、偉そうなヤツは本当にムカつく」

「黙れ小童こわっぱ、大人しくしろと言ったはずだ。まずは貴様の名前を言え、話しはそこからだ」


 互いに不遜な態度はやめず睨み合う。そしてピクリと少女の指が揺れた瞬間に銃口から火花が飛び散った。


 鼓膜を突き破らんとの如く轟音は三度、この場に響き渡った。


 もちろん急所を彼は狙った訳ではない。まだ聞くことがあるため、この発砲ではせいぜい腕か足の骨が砕け肉が割けるほどだろうと彼は思っていた。が、


「危ないわね! 何よアンタ、さっきから上から目線で偉そうで。自分があたかも頂点に君臨してるとでも思ってるのかしら!」


 少女の周りは淡く輝き、光の球がポツポツと囲うように漂い始めた。


 その光と共に突如として現れた鉄の破片が、彼が放った弾丸を代わりに受け止めていたのだ。


 最初の爆発。その時点で少女が何かしらの能力があると確信していた狭間であったが、今目の前の光景だけではその内容が何かを推し量ることはまだできなかった。


(まずいな……俺の能力は戦闘に向いていない。どうにか長期戦に持ち込まなければ)


 顔色は変えないながらも、少しだけ焦りは出てくる。あの鉄片がどのような性質なのか、それによって戦い方も変わってくる。


 ただ言える事は、今から勝つのではなく守る事に徹しなければ、目的や見せようとされた物体を知らずに終わってしまうだろう。


「アンタ名前を聞きたがってたよね、だったら教えてあげるわよ!」


 少女の叫びと共に、辺りを漂う光が集まり合い複数のナイフを造り出した。そして刃は、狭間をめがけて風を切りながら飛ばされていった。

 

「私の名前はメルヒェン、今ここでアンタを殺す女よ!」

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