本編

第一話

《前回までの、ドキドキ恋の宅配便!》


 大変ー! 刺青をたくさん入れた男の子から預かった、気持ちよくなれる魔法の薬を届けようとしていると何故か悪い人達に襲われちゃった!?

 

 何でそんな事をするの? これは貴方達の様な悪い人達が扱うのじゃなくて、ホントに必要なお友達に必要なのに!

 

 こうなったら私達も容赦しないよ! 大切なお友達の商品を守る為に頑張るよ!


 次回! 『守れ皆の大切な薬 私達のミラクルパワー!』来週も皆でトリップ、トリッ――








「……い、おい起きろ。いつまでアホ面で寝ていられると思うな。これは貴様が持ってきた仕事だ、貴様がしっかりしないでどうする」


「あえ? 今は確かあらすじで次回予告をして終わる私達が主人公のアニメを見ていたはずなのですが?」


「どんな夢だ。貴様の頭がおかしいのは今に始まった事ではないがその夢は理解できんぞ」


 タクシーに乗っていた男女の二人組は手早く降りたのは、まだ門が口を開いていない美術館の前であった。


 太陽はまだ完全に昇りきっておらず少しほの暗く、そして気温は低い。季節はもう冬なのだから当然ではあるが、多くの人はその寒さに悪態吐かずにはいられないだろう。


 その寒さの中、門の前には彼ら二人以外にもう一人だけ立っていた。


 白い髭を蓄え、キレイに整えられた紳士服に鼈甲べっこうで作られたフレームの眼鏡をかけた老人の男性。その服装から、顔の幸福そうなシワを見ると、汚れからは最も遠くにいる様に思える。


 その老人は、先ほどタクシーから降りた男性に向かって話かける。



「お待ちしておりました、狭間様でよろしいでしょうか? こんな早朝に呼び寄せてしまい申し訳ない」


「こちらも仕事ですからお気になさらず。しかし驚きましたよ、まさか館長自らこの様に出迎えてくれるとは」



 物腰丁寧に互いが手を交わし挨拶をすませると、館長は隣でアクビをしていた女性に目を向け優しく微笑む。それは孫娘に向けるように穏やかで慈愛に満ちた笑みであった。


 対して狭間はその気が抜けた態度にイラついてしまい、思わず客の前にも関わらず顔を歪ませてしまった。



「では、こんな場所で立ち話も悪いですから中へとご案内します。それに……、ちょっと見てもらいたい物もございますからね」



 少し顔を曇らせたが、すぐに館長は元の柔和な顔に戻した。そして大きな門の端にある警備員用の扉を使い中へと案内した。


 門の先は華やかに剪定せんていされた木々が目立ち、中心にある噴水から道が三つに分かれていた。


 それぞれ先には大きな館が建っており、それ一つ一つに貴重な芸術品が納めてある。総額は一体どれ程の物になるかは分からない。


 その中でも一番大きく、門からも真っ直ぐ歩いていける建物の中へと向かう。


 入ってすぐに剣を掲げる女神の像が置かれており、その高さは二~三メートルはあるだろう。


 その像に寝惚けながらゆっくりと女は近づいて触ろうとした所を狭間に叩かれた。



「イタッ、何をするのですか!」


「何をするもクソもあるか。貴様その手でヨダレ拭いていただろ? そんな汚らわしい手で石像大金に触ろうとするな」


「石像を大金と呼ぶ汚らわしい心の人に言われたくありませんけどね! あっ、ハンカチ持ってないので貸して貰えますか?」


 

 なぜハンカチを持っていないと狭間は思ったが、そんな所まで一々口にしていたら過労で倒れるのは分かっていた。


 ただ溜め息を吐くとコートの左下からハンカチを取り出し彼女に放り投げた。


 スタスタと足早に狭間は進み、女はキョロキョロと辺りを見渡しながら館長の後を付いて行く。


 やがて『関係者専用スタッフオンリー』と書かれたエレベーターに乗り込むと、この館の最上階である五階へとたどり着いた。


 早朝という事もあり廊下は静けさに包まれ、三人だけの足音を響かせながら端にある部屋の扉を開けた。そこは館長室、いわば狭間達を案内した者の為にある部屋。この壮大な美術館を支配する者の部屋であった。


 そして狭間らは館長と向かい合う形でソファーに座り、商談を始めた。



「では改めて。私の名前は狭間ソウジ。そして隣にいるのは……一応助手の羽生イオリだ。早速で悪いが取引内容を教えてくれ」



 狭間は社交辞令を手短に済ませると、すぐに契約内容の話を切り出した。


 そもそも狭間はここに長くいたいと思ってはいなかった。顔にこそ出さないものの、彼の仕事は裏側に近い。こんな表側に出てくる事はまずない。


 だが既にイオリが商談を準備セッティングしてしまっていた。それに相手はこの都市最大の美術館のオーナー。


 金を出せるだろうと見込んでの渋々承諾したが、それでも素早く話を終わらそうとしていたのだ。



「――私はこの仕事柄、ホントに様々な物を見てきました。ここに所蔵されていない作品も見ています、仕事ですから」



 早く終われせ様としていた狭間の思いとは裏腹に、館長は重く静かに言葉を紡ぎだした。それも一体何に関係しているのかよく分からない言葉であった。



「この歳にもなると様々な美術品アートを見て感動はするのですが、全く前例のない物を見る機会がなくなりましてね。当然の事ですよ」



 館長は吹き出してきた汗を胸ポケットに入れたハンカチを取り出してぬぐうと、緊張した声で再び話出した。 



「ですが、つい最近の事です。近くの自然公園は分かりますかね? あそこで奇妙な物が発掘されたのですよ。その物を一時的にここで預かる事になりました」


「ちょっと待ってくれ。貴方は一体何を話しているのですか?」



 あまりに長引いたので思わず狭間は彼の言葉を遮ってしまった。


 それも当然だ。なにせ早く裏へと戻りたいのに中身の話は全くされず、ただ前置きが長々と続いていたのだ。  



「分かっております、私が回りくどい話し方をしているのは。だが順序が必要なのですこの問題には。そうしないと私も貴方も理解する事ができないのです!」



 説明がないと二人が分からない。それは理解できるのだが、自分自身も分からないとはどういう事なのかと狭間は思った。


 だがそこまで詳しく聞いていると更に時間がかかってしまう。


 面倒だと思いはしたが、喉まで上がった疑問を腹の中に戻最後まで話を聞くことにした。



「すいません大声を出してしまい、ですがあまりにも理解し難い事ですのでお許しを」



 館長は興奮した事で再び出た汗を拭うと席を少し離れた。そして黒くかなりの重量があるであろう金庫に近づくと、ダイヤルを幾度か回し、胸元から取り出した革のケースに入った鍵をその金庫に挿し込んだ。


 その仰々しい金庫に何が入っていたかと言うと、小汚ない布で包まれた細長い物体であった。


 それを向かい合った真ん中にある机にゆっくりと置くと、静かに息を漏らした。



「――いいですか? 最初に言っておきますが、これが何であるかを知っているのは恐らく私だけです。なぜなら偶然、ほんの偶然私はこの力を一人でいる時に知ったのです。もし誰かが知っていたら私などは渡さないと思うのです」



 その小包を丁寧に捲り、二人へと見せようとした。





 ――それはこの部屋の壁が爆発したのと同じタイミングであった。

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