第52話

 その後、警察の事情聴取と、病院で精神鑑定を受けることになったのは必然だった。


 異世界逃避行候群【Different World escape Syndrome】ディファレント・ワールド・エスケープ・シンドローム、ネット用語ではVRESC、と呼ばれる病気だと診断された。


 中でも特殊な英雄願望症候群【Argonaut Syndrome】アルゴノートシンドロームかも知れない、と診断した精神科医は言ったそうだ。それは、英雄症候群【Heroic Syndrome】ヒロイックシンドロームとは少し違ったものらしいが、その辺は専門家にでも詳しく語ってもらいたいところだ。


 母の口利きで精神病院に入院はせずに済んだが、その時母に言われた言葉が、「厨二病はVRの中だけにしなさい」だった。


 その日からVRにおいて、悪いと感じたものや事柄を徹底的に根絶しようとした。


 非正規タイトルを純粋なプレイヤーとしてチーターと戦ったり、違法MODを使うプレイヤーにも挑んだりした。


 幸い親父から対チートシステムや削除ツールをHMCに入れられていて、こと違法MODやチートに俺は強かった。小学校卒業間近にカイトと出会って、久しぶりに友達のような存在を持った。しかし、中学生になる頃には、別の違法タイトルへ入るようになって、カイトとは疎遠になっていった。


 どれだけ駆除しても違法は、悪は無くならなかった。中学二の春頃、既に学校へは通わなくなっていた俺に、親父はアルバイトさせた。仮想現実を調査している父の友人である小野という男を紹介された。彼の権限で与えられたのは、仮想現実での特殊なコード。


 IDからジェネレートされたそれらで、違法者並びチーターやアイテムを斬る撃つなどの攻撃行為によって、相手側の情報を抜き取り、その情報に基づいて現実に干渉することができると説明された。


 その日から、ダイブする時間が大幅に増えた。仮想現実において悪を根絶できないことは分かっていた。しかし、リアルにも影響力のあるコードのおかげで、俺は可能性を感じていた。


 戦って、戦って戦って、戦って戦って戦った。


 ある日、ダイブ中にそれは起きた。


 チーターとの激しい戦闘後、思考が途切れて気がつけば強制ログアウト。


 横になっていたベットが血だらけで、鼻血と吐血。


 診断結果は過度の脳疲労、ストレスが原因と見られるらしい。吐血はただ鼻血の逆流によるものだった。医師も、〝特におかしい部分は見当たりませんが〟、と不思議がって脳の検査もしたが異常は無かった。


 父が独自に俺を診断した結果、脳の現状使える領域を超えて使用したことで、脳内になんらかの異常を発し、その結果、体が問題を知らせようとしたことが原因だと言う。


 根拠も何もないが、親父は〝常人の脳の限界〟と言って、それを超えるための手段を提示してくれた。


 HMCによる脳の処理能力の向上、体の脳に加えてHMCの平行情報処理によって、仮想の体の限界を引き出すことができる。刹那的なシステムアシストが、俺の行動全てに働きかけるのと同じことだ。


 目の前を通り過ぎるボールを、一秒間に最大1000分の1秒感覚で視認することができたり、体もそれと同様に動かすことができた。


 もちろん、仮想の体のステータスによって、その動きの速度は変わってしまう。


 その力は仮想のものだった、がしかし、仮想世界での現状〝最強の武器〟になりえた。


 小野さん曰く、日本の仮想世界において俺の取り締まった違法者は、プロを越えて一番多いらしい。しかし、千人以上の違法者を裁いても実刑3割がいいところで、罰金80万ほどで済む者も少なくなかった。


 性犯罪者の再犯率も下がらない、新たに湧く悪。現実でも、仮想現実でも――繰り返しだ。


 小野さんは、〝人がいる限り犯罪はなくならない〟と言った。


 親父は、〝人と言う生き物は魔が差す生き物だ〟と言った。


 二人の意見はもっともだ、が、個人的観点から言わせてもらうなら、人が罪を犯すのは人だからではない。その人を構成する悪の割合が多くなれば、人は悪事を働けるのだ。


 つまり、その人間の構成をリセットできれば……。


 しかし、その考えは〝人権の尊重〟の言葉に阻まれる。


 高が十代の子どもの考えでは至れない。俺を構成する殆どは、自身の正義でしかない。


 それは、他人にとって〝悪〟なのかもしれない。それでも、〝無理だから〟と諦めてやれるほど……俺は平常じゃない。


 〝だが、ジャスティス……ジャスティスジャンキー、本当のお前はどこにいる?〟


 それは、俺の脳と平行して処理を行うため、親父がHMCに内蔵したAI:Shadowが俺に言った言葉。俺の人格をコピーしているはずなのに、使用すると時々考えを問い質す。


 自問自答のはずが、その行為は明らかに別もの。〝お前はどこにいる?〟と聞かれた俺は、いつも〝悪の前に〟と答える。その答え自体が、英雄願望症候群に違いない。


 LV:57

 HP:11073(19930)

 STR:285(550)

 VIT:146(432)

 DEX:150(241)

 AGI:190(382)


 今表示させているステータスも、俺を構成するものの一つ。


 スキル、アイテム、NPC、エネミーですらも。


 そういえば、こうして純粋にゲームを攻略するのはいつの頃以来だろう。


「超レイド級のボス、……負けることは死を意味する」


 ――そう吐いた俺は、おそらく笑みを浮かべていたに違いない。

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