第40話


「あの時ジョーカーの言った〝あのヤト〟って言葉のことなんだけど……」

「…………」


「あれって、SFRのことだよね」


 SFRとは、FDVRMMOMMAのタイトル、Street Fighting Revolution、ストリート・ファイト・レボリューションのことだ。ちなみに、MMA――Mixed Martial Arts、ミックス・マーシャル・アーツとは、所謂総合格闘技のことである。


「SFRで年間無敗、連勝、連続KO記録を今も持っているプレイヤーネームが【YATO】で、そのヤトと今ここにいるヤトが同一人物……ってことでいいかな?」


 ナナの話に、肯定も否定もしないまま話を聞いていた。


「あのタイトルは均一のステータスで、ランダムスポーンしたプレイヤーが、周りの誰とでも素手の戦いができるゲームだったけど、ある年の年間の間で、たった3ヶ月の期間でその記録を出したプレイヤーがYATO」


 ナナは自身の体験を交えてその話をし始めた。


「私はSFRにスペクテーターとして参加してたんだけど、噂を頼りに3ヶ月間探し回って2回だけ、そのYATOの試合を見つけることができた……、ユーザーが1億人くらいのタイトルだから苦労したけどね」


 膝上までの着物の裾と褄先を押さえながら、足元のゲタのようなブーツで、地面の外れかけたブロックをカツカツ音を出すナナ。


「ランカーを含む30人を相手に、反則なしで次々倒していくのを見たときは鳥肌が立った」


 そして、ナナは本題に入る。


「ねー、ヤトはさ……そのYATOなんでしょ?」


 俺は頭を振り言う。


「俺はMMORPG専門だからな……人違いだ」


 その言葉に少し沈黙したあと、息を深く吐いたナナは立ち上がる。


「そっか、人違いかー、そっか……、ところで、これからギルドで新年会をするんだけど来る?アスランもヤトと話をしたいって言ってたよ」


 これには首を振って断ると、そのままナナとは別れた。


 ベンチで座る俺は、届いていたメッセージを確認する。送り人はビージェイで、内容は新年会の誘いだった。


 ナナの誘いを断った後だったが、返信には参加の意思を記した。


 俺は嘘は吐いてない。


 SFRで【YATO】として記録を残したのは、親父の開発したAIだ。


 HMCの制作責任者にして開発主任の親父に頼まれて、試作のAIとフルダイブで何度も戦わされた。まさか、そのAIに〝絶対的強者〟を学ばすために俺があてがわれていたとは思いもしなかったけど。


 500戦499勝1引き分け0敗、それがそのAIと俺の戦闘成績だっだ。


 SFRで戦ったアバターは、親父が勝手に俺のアバターを使用したから、名前もYATOのままだったのだろう。当時、実験の後、アカウントとアバターだけジェネレートした記憶がある。まさか自分の父親がハッキングソフトでセキュリティーを解除して、息子の私物を実験に使うなんてことは考えもしなかった。


 気付いた時にはなかなかに話題が広がっていて、だが結局俺がSFRにINすることはなかった。


 ちなみに、0敗が俺でAIが499敗、引き分けは手加減してみせることでAIにかけ引きの何たるかを教えた時のものだ。その後、SFRで無敗のAIはもう一度俺と対戦したんだが、〝小手先での戦い方〟を覚えすぎたせいで、俺とのかけ引きを読めずに結局俺の勝ちで終わった。親父はもの凄く悔しがったが、それ以降は一度として戦うことは無かった。


「ねー、仮想世界でNPCとプレイヤーの見分け方って分かるかい?」


 その言葉に、俺はビージェイの元へと向かう足を止めた。


 いつだったか、その質問に答えたのは、俺がまだ13の時だった。


 親父の仕事関係でFDVRMMOに小学生の頃からはまっていた俺は、リアルの友だちより仮想現実を優先していた。そのせいで奴のことは最も印象に残っている。


 中一に成りたての時、とある非正規タイトルでそいつにあった。当時、フルダイブ環境内で大人の振りをしていた俺は、そいつと出会った時も大人の外見に話し方もそれに合わせていた。 いや、普段から親父との会話でそういう風に話せるようになっていたのかもしれない。ただ、口調が子どもっぽいとはしてきされはしたが、俺が始めて仮想現実で〝友だち〟と認めた相手、彼にされた質問とまったく同じ質問を、BCO内で俺にしてくる――つまり彼以外ありえない。


「――カイト!!」


 振り向いた俺の前には、髪の毛をフィラ販売のアイテムで金色に変化させた女がいた。


 俺にどれだけ美的感覚があるのか知らないが、そいつは美人でスタイルもいい、おそらく胸もそれなりに大きな――〝女〟だった。


「久しぶりだね――ヤト」


 俺の記憶上、仮想現実で会っていたカイトは、スラッとしたイケメンの男。そう男だったはず……だった。なのに今、目の前にいるカイトの姿は――どう見ても女で、どう見ても――美女だった。


 その金髪を黒髪にして少し伸ばしたところを想像すれば、その目の前のカイトが、始まりし街でフレンド登録したあのカイトであるのは間違いなくて、俺は動揺を隠せなかった。

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