第38話
俺がいなくなった後、しばらくカナデは顔をタオルで覆い、セツナの疑問の言葉にも反応しなかったが、しばらくすると落ち着いた様子でやり取りを説明し始めた。
「クリスマスイベントで、各エリアにサンタクロース姿のボスが出現しているようです、エリア5には、残り4体いてレアドロップもあり――そう彼は情報を持ってきてくれたんです」
「……何、いつもあんな情報のやり取りしてるのカナデ、やだこの子プロなのかしら、それにしても10万って高いんじゃない?」
「情報は鮮度が命です、誰かに聞かれても大丈夫なように要点だけをやり取りしてるんです。それに今回の10万は高くないです、ギルドによってはクリスマスイベントの情報に70万まで払うと言ってる所もありますから――」
頬を撫でるカナデに、サトウちゃんは一つ疑問に思っていたことを口に出す。
「でもどうしてレアドロップがあるって分かるの?彼、そんなこと一言も言ってなかったと思うけど」
「彼が直接来た事がそうである証拠、彼はソロの中でも最前線で攻略を進める人です、エリアボスだって倒しているんですから!」
「……ふ~ん、そっかそっか」
カナデの熱量に、サトウちゃんは口元を隠してニヤつく。
そんな二人の後ろで、ケーキの完成と同時に時計を見たセツナが慌てた声を出す。
「ケーキ完成!――ってあ!」
「どうしたんですかギルマス、もしかしてまたスポンジの間にクリーム入れるの忘れたんですか?」
「違うよ!ホール借りてこないとカナデのライブできないでしょ!」
セツナの言葉にカナデとサトウちゃんは溜息を吐く。
「それは今さっき言ったじゃないですか、〝ホールは使っていいよ〟って許可貰いましたよ」
「……そだっけ?ならよかった!いや~VRアイドルのカナデのライブが無いと人集まらないよね」
セツナの言う通り、カナデはフルダイブ稼働から数年後に、徐々に増えてきたフルダイブVRアイドル、過去のVRアイドルの進化型、触れ合えるアイドルをしていて、仮想世界でイベントやライブの経験がある。
個人でしていた後、大手の声優事務所が付くと一気にブームになり、一時期は数万人のファンの前でライブをした経験もある。
それでも一般の間では、動画配信サイトを利用したVRアイドルが現存していて、FDVRアイドルよりは身近な存在として今も人気がある。
そして、カナデも自作のアイドル〝KANADE〟として、イベントをこなして人気を集めていた。
「私を知ってる人なんて、もうそんなにいないですよ、私は剣や魔法やミリタリー系のタイトルじゃなくて、日常系のタイトルで活動してたので――」
「そんなことないよ~、MMO系の取材でも、名だたるVRアイドルの中にカナデの名前もあったよ、事務所に所属しない頃の個人VRアイドルでは、ダントツ!リアル割れってのが無ければ、今でも間違いなく活躍してたんだろうけど」
「……小学生ってことや学校がネットに流れて、ストーカーも数十人学校に現れたし、親に説得されて仕方なく――」
カナデの馴れ初めを初めて知ったサトウちゃんは、素直な疑問を口にした。
「ひょっとして昔から知り合いだったんですか?カナデとセツナさん――」
サトウちゃんの言葉に、セツナとカナデは顔を見合わせて笑ってみせる。
「たまたま私がカナデの事を覚えていて、声を聴いて名前がKANADEだったから、たぶんそうだろうと声をかけたらたまたまだよ、たまたま!」
「私もセツナさんがVRMMO系の記者さんだって後から聞きましたもん」
「へ~、ところでカナデってさ、今いくつ?あれ?年齢って聞くのはマナー違反だっけ」
「私は今15です、年明けて二月で16――」
それを聞いたサトウちゃんは、〝JKか!〟と思い、自身も二年前まではそうであったことを懐かしむ。
「ちなみに私は~」
「いや、セツナさんのは聞いてないです、どうせサバくし――」
〝サバく〟とは、サバを読んで欺くの意である。
「鯖串?何それ、方言か何かなの?」
今時の女子語が分からないのは年齢のせいかな、何てサトウちゃんが思うが、間違いなくその言葉を使っているのは、彼女の周辺のみに限る。
「セツナさんの年齢か……って!そんなこと考えてる時じゃない!情報は鮮度が命!」
ライブの話で抜けていたが、カナデは重要情報を売るために慌てて飛び出して行った。
「は~カナデの好きな人って眼つき凄かったですね」
唐突なサトウちゃんの言葉に、セツナは不意を突かれたらしく戸惑いを表す。
「え?!カナデの好きな人ってさっきの人!!……ひょっとして、危ない感じが好みだったのかな?意外ね……」
「いやいや、セツナさんがそれを言いますかね――」
オーダーの団長さん……めちゃめちゃ危なそうな空気出してるし。
サトウちゃんはそう思いつつ、〝それにしても大きすぎるなこのケーキ〟と脚立越しにテーブルの上ケーキを一瞥した。そんな特大のケーキの一部が切り取られて子どもたちに配られる頃、始まりし街の小規模なホールで、カラフルなライトがイルミネーションのように輝く。
「さ!みんなも呼んで~KANADE――」
カナデの登場に男たちはもちろん、子どもたちも盛り上がり、彼女の歌にその場にただ通りかかった者たちも足を止め耳を傾けた。
そんな人混みに紛れて、黒づくめの姿を目にしたカナデはその一言を思い返す。
『ステージでその衣装は派手すぎる――』
カナデがライブすることは、セツナとサトウちゃん意外は知らないことで、彼女をKANADEだと知っていなければそんなことは絶対に口にしない。
自身のことを、〝KANADE〟を覚えていてくれる人がいたことに、彼女は喜びを感じ、久しぶりに人の前で全力で歌った。
その歌は、この世界に囚われてしまったプレイヤーたちの心を、少しだけ癒し、またBCOという世界の一シーンとして、人々の記憶に刻まれた。
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