第37話 15 イブ


 2052年12月24日


 クリスマスシーズンは、殆ど栄えているゲームにおいて、イベントが開催される傾向にある。


 しかし、BCOは特に何もなかった……だが、プレイヤーたちは一部の者が先頭に立ち勝手にイベントのようなことを実行していたようだが、俺にとっては別段いつもと変わらずだ。


 ただ、この日は俗に言うクリスマスイブで、クリスマス前日ということもあり、BCO内のプレイヤーたちも忙しくしていた。


 木漏れ日――それはギルド名であり、女性ばかりで攻略には参加していないが、情報屋としてそれなりに名の知れたギルドだ。


「ねぇ、ホール使っていいってさ」


 ミニスカサンタの装備を身に着けた女がそう言うと、同じくミニスカサンタの装備を付けた女が振り向く。


「本当に!!やった!クリスマスのライブ決定!」


 喜ぶ彼女は、ギルド木漏れ日のサブマスターのカナデ。


「ちょっとカナデ!両手上げたらパンツ見えちゃうから!」


 そう言って、カナデのスカートを下に引っ張る彼女は、ギルドメンバーのサトウちゃん。


 サトウちゃんは〝ちゃん〟を含む全てがプレイヤー名で、そう付けたことを今でも後悔している。


 クリスマス用の装備が販売されたり、ドロップしたりしていることを考えると、イベントが開催されないのはデータが存在しないだけで、予定はあった――と見解するプレイヤーも少なくないが、今となっては運営も手を出せない状況であるのが分かってしまうきっかけにはなった。加えて、バグがあってもそれが修正されることはなく、そのバグはずっと残っている。


 例えば、ミニスカサンタ装備の丈が短すぎること、トナカイの赤い鼻というアイテムが必ずドロップすることとかだ。プレイヤーの中には、〝収集イベントだったんじゃね?〟と、勘ぐってそれを回収する者もいる。だが、クリスマスイブまでに五千を超えるそれを収集したプレイヤーは、そのアイテムが売却できずにSWAとなっていた。


 のちにシーズンを終えると、そのアイテムは削除されるのだが、それまではそういったプレイヤーたちのストレージを埋め尽くす絶望に落とした恐怖のアイテムとして知られた。


 大体、百スタック上限のアイテムを、本来課金によってストレージを増やすであろう仕様のBCOで、現状50近く占領するまで集める奴の気が知れない。


「ねーギルマス!……セツナさんてば!」

「何!どしたのサトウちゃん!」


 クリスマス用のケーキを作るのは、木漏れ日のギルドマスターであるセツナ。


 彼女はギルマスと呼ばれても自覚がないためか一切反応できない、それがメンバーにとっては少し悩みの種である。


「この装備付けてなきゃダメなんですか?外歩くとめっちゃ見られるんですけど――」


 サトウちゃんの言葉にセツナは、自身の着ているミニスカサンタ装備を見る。


「……見られてもいいんじゃない?だって可愛いしさ」

「可愛いですけど~視線が……特に男どもの、あのゴミどもの視線がマジ……ないわ」


 サトウちゃんの言葉に、セツナは苦笑いを浮かべると、生クリームをスプーンで掬い彼女の口の前に留めた。


「それで男は喜んで、このゲームを攻略してくれるかもだよサトウちゃん」

「……はむっん~甘いですよセツナさんは――」

「サトウちゃん、ギルマスはこの格好を見てほしい人がいるのだよ、そしてエッチなマスターは聖夜にその人とゴニョゴニョってね」


 カナデの言葉に、顔を真っ赤にして否定するセツナ。


「わ!私は別に!そんなんじゃない……」


 三人で情報屋として活動する木漏れ日は、表の顔は調理教室を開いて子どもや女性プレイヤーや戦いに出ない男性プレイヤーに教えている。


 その裏で、サトウちゃんはファミリアなど初心者ギルドに情報を流し、カナデはソロプレイヤーに交換で情報をやり取りし、セツナはトップギルドや攻略組などの情報を集めている。



「カナデはどうなの?最近例の人とは?」

「……彼は、ブラックプレイヤーになってて、オーダーの粛清にあって死んじゃいました」


 セツナは、口元を押さえて複雑な心境を表情に出す。


 ソロプレイヤーは孤立してしまいがちで、そのほとんどがPKに走る傾向がBCOにおいてもそうなっていた。


「ま、好きでも嫌いでもない人だったけど、残念だとは思いますかね」

「え?でも、好きな人は?って聞いた時に彼のこと」


 ミニスカサンタの装備を最大級に生かしたポーズでカナデは言う。


「フェイクですよ、もちろん――」

「なぁ~!」


 セツナ自身は、聞かれたことに素直に答えてしまったため、内心〝はめられた!〟と頭を押さえる。


「まったくギルマスはそういうとこ抜けてますよね」


 そうして、セツナが最高にカワイイポーズで、最高に決め顔をしていた時だった。


「……情報屋は休業か?それとも周囲を欺くのに必要なのかそれ」


 オープンフリーな料理教室である一角は、誰でも出入りできるため、その存在の入室を阻む者もいなかった。


 黒いストールに黒いローブ、黒いズボンに黒い靴。上から下まで黒一色のそれは、BCOの夜の特性を活かした装備だが、明るい場所では逆に目立つ。


「あぁぁぁああ!ヤトくん!どうしてここに!?」

「どうして?情報を売りに来たに決まっているだろ?……もしかして、本当に情報屋は休業なのか?」


 ローブで隠れた頭を表すと、その鋭い眼つきでカナデを見る。


 カナデの慌てようにサトウちゃんは、〝ふ~ん〟と何かを悟った様子だった。


 一方、自身の格好とポーズを見られてしまったカナデは、真っ赤に染まっていて恥ずかしさのあまりその場で膝から崩れた。


 俺はその様子を見て、いつも二人きりで会う彼女との差に、少しだけ違和感を抱いていた。


「情報屋はやってますよ!で?どういった情報ですか?」


 セツナの言葉に俺は、カナデを一瞥して一瞬眉を顰めるが、カナデがどういうわけか無視しているため、仕方なくセツナの方に話しを振った。


「クリスマスイベント、固定ボス、残数4」

「……はい?」


 俺の言葉にセツナはそう言い、二人の間には沈黙が続く。その言葉を聞いていたカナデは、自身の頬を二回叩くと、白いヒール鳴らして詰め寄る。


「10万エフでどうですか」


 頬を物理的に赤く染めたカナデに、俺は少し沈黙してから言う。


「……ようやくいつものアンタだな、10万か……まぁ妥当だろうな――」


 二人のやり取りにセツナは、〝何?何?どいうこと?〟と慌てる。


 左手で手持ちの金を譲渡する操作をして、カナデはそれを俺の方へと向けると、鋭い視線を左から右に移動させ、右手の親指で〝Enter〟を押す。


 そうして、手首を払ってウィンドウを閉じた俺は、用事が済んだためその踵を返して部屋を出ようとするが、立ち止まって振り返ると、一言だけセリフを吐き捨てて出て行く。

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