第24話


 不幸中の幸いか、1人暮らしのおかげでマリシャのそれらの醜態は誰にも知られずに済んだ。


 いや、ある意味今は、俺が知ってしまったわけだが。


「結局フレンドは誰も私を心配なんてしてなかったし、私があんな目にあってたってことも知らなかった」


 それ自体は当然だと俺は思っていた。フレンドといえど、いつも目の前にそれを表示している訳ではないのだから。


「後になって、あの日ローテアウトの時にダンジョン攻略していたフレンドにリアルで連絡を取って話を聞いたの。そしたら。あの日珍しくメンバーにいた男の子が、1人でやったことだって分かったの」


 なぜ自分がこんな目にあったのか、それを知りたかったマリシャは、その当時必死だった。


「メンバーの話では、私が一番最初にログアウトした後、その男の子が〝1人で3人を護もれる〟って言ったから、彼を残してメンバーも休憩したらしくて……、戻ってみたらホームに転送されてて、〝PKが原因でPTは全滅した〟ってその男の子からメッセが届いたから、疑いもしなかったって」


 当時のことを思い出した所為か、マリシャは少し怒りのような表情を見せる。


「何んで?私が何したの?そう思って、その男の子にメッセを送ったの。彼からはすぐに返事が来たわ、それで分かった彼の動機は、私が彼とフレンドになってメッセージを一度も送らなかったから――」


 ゆっくり眼を開けてマリシャに聞く。


「そいつは、それだけのことでそんなことをしたのか?」


 その男が本当それだけでマリシャにそんなことをしたのか、他にも何かあったんじゃないのかと俺は彼女に聞く。しかし、その男のメッセージには〝ちょっと怖がらせてやろうとしただけ〟や〝すぐに家族がHMCを外しただろう?〟と罪悪感も無い言葉が書いてあったそうだ。


 だが、実際にはマリシャは1人暮らしで、結果的に2日もゲームに囚われてしまった。


「もし、HMCに安全機能が無かったら、もしあったとしても、作動しなかったら、きっと私は死んでいたと思う。それから半年間はHMCを付けることもできなかったし、でも、私ゲーマーだから、仮想世界でしか明るく振舞えないし」


 そうして、心に傷を負いながらも彼女はまたHMCを頭に付け仮想世界を求めた。


 もはやそれは、〝異世界逃避行症候群〟、ネット用語ならVRESC、バーチャルリアリティーエスケープである。


「久しぶりにHMCを付けて来た世界がこのBCOだった。やっぱりこの世界は私を裏切らない、って思っていたのに……今度は、本当にこの世界に囚われちゃった」


 マリシャはそう言って俯いた。


 彼女に対して、同情も何も持ち合わせていない俺では、どうすることもできない。


 知り合って間もない上、他人の感情に鈍感だと俺自身でも分かっている。


 再び彼女が話し出すのを待てるほどの優しさも、俺は持ち合わせていない。


「本題をまだ聞いていない、どうして俺なんだ?」


 その言葉にマリシャは顔を上げる。


「そうだったね~、なぜヤトくんなのか……それは――〝たまたま〟だよ、私のリハビリにキミがピッタリだと思ったから」


 ――よかった、俺は旨でそう思った。


 マリシャにとって、俺がたまたま選んだ相手で、本心でよかったと思っていた。


「その男が俺と同じくらいの年齢だったとかだろ」


 マリシャは肯く。


「また、私の知らない所で嫌われちゃうのかもって思ったら、メッセージを送らなきゃって思っちゃって、気付いたら――」


 話し終えた彼女は、少し何かがふっ切れたようにも見えた。


 この会話で吐露した彼女の醜態や実状は、おそらく今まで誰にも聞かせていないものだっただろう。話は大体理解した、この件で彼女を責める気はない、が――


「正直迷惑だ、今後もあんたのブロックを解除はしない」

「……だよね……うん、分かった」


 マリシャは、少し苦笑いを浮かべて肩を落とした。


 彼女は今支えを得ようと俺に全てを晒し、それに応えてもらえなかった結果、その表情を浮かべている。


「俺はあんたのリハビリには向いていない、もっと楽な相手を選ぶべきだ」


 この言葉に、マリシャは下げた視線をこちらに向ける。


「……え?」


 彼女に俺のフレンド欄の一部を見せて言う。


「こいつはビージェイ、茶髪でチャラい風だが、社会人で常識人で楽観主義者の善人だ。こいつならあんたのリハビリに丁度いい、保障できないが推薦する」


 俺は分かっていた、自身が誰かの支えになれるほどの器でないことを。


 自分のことしか留意できない俺が、彼女にしてあげられることは、ふさわしい相手を紹介することだけだ。この時、ビージェイとの出会いとその存在に感謝していた。


 奴と出会ったのは、ソロでレベル上げしていた時にたまたま通りかかった場所で、奴のギルドがモンスターに手こずっていた時、俺が助けたことがあったからだ。


 それ以来、奴と奴ギルドには何回か声をかけられたり、一緒にレベリングしたりした中だ。


 いつも俺は、誰かの力を当てにするというのは考えにない、だが、できることできないことがある事は、理解しているつもりで、誰かに頼ることも必要だと日々思ってはいる。


 俺にはそんな人間が、今までいなかっただけで、本当は誰かと。


「……ヤトくん――」


 マリシャは、自分のことを少しでも考えてくれた俺に感謝し、何度もありがとうを繰り返していた。その日の内にビージェイにメッセージを飛ばす。


 件名は、〝胸の大きな女性のソロプレイヤーがいるんだが〟だ。


 すると、10秒で件名に〝喜んで!〟と返って来て、思わず「早!」と声を上げてしまう。


 マリシャが必要としている存在は、奴が最適な人材と言え、後は彼が彼女とどう接するのかだ。漸く肩のコリがほぐれた俺は、ケージェイたちが第5エリアの攻略をしている間に、第4エリアのエリアボス討伐の準備をするつもりだった。


 むしろ、討伐準備はすでにほぼ完了している。


 マリシャとの別れ際、「それじゃまた――」の言葉に、「また――」と返した俺は、少しだけ人に優しくなれた、そんな気がしていた。

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