第23話 8 マリシャ
俺は、ガッツリと掴まれた腕を振り解こうと全力で左右に振るが、マリシャの手が腕を離すことはなく。なぜここまで彼女がするのか、俺には理解できなかった。
「……ね、私ってうざいかな?」
「……さっさと放せ」
俺ができるだけ声を低くしてそう言うが、マリシャは簡単には離れない。
「……メッセの件なら謝るよ、だから、もう一度だけフレンドになって」
小声で囁くように語るマリシャに、もう一度強く手を振った。
「お願い、私を見捨てないで、お願い……お願い――」
呆れるを通り越して、もはや嫌悪すら感じる。
「……お仲間ならもういるだろ?あんたギルドに入ってるみたいだし」
一瞥して言った言葉に首を振るマリシャ。
「違うの、私、本当は仲間なんていないの、ギルドは適当に入ってるだけだし、フレンドだってヤト以外は別に話すこともない」
彼女の思考が理解できない俺は、溜息を吐いて脱力する。
「話を聞くだけだぞ、それから判断する」
それによって何が分かるのか、どう変わるのかはまだその時は俺にも分からない。
ありがとう、マリシャはそう言うと、漸く掴む手を放した。
酒場の個室で彼女の話を聞くことになったが、巻き込まれた時点で、〝どうして俺だったのか〟には興味があった。
「これから話す事は、きっとヤトは気にも留めないことかもしれないけど、私にとっては過去の傷だから、話すのはヤトだけだから。……ヤトはULでプレイしてたことあるわよね?」
FDVRMMORPGのタイトルの一つ、アンダーグラウンド・ラビリンス、Underground Labyrinth、そう書いてULと略される。
そのタイトルは、それなりに栄えた記憶があるし、俺もある時期にがっつりプレイしていた。 マリシャもULでFDVRの世界にハマり、ULを長くプレイしていて、まともな会話スキルを持っていた彼女は、その世界で多数のフレンドがいて毎日楽しくプレイしていた。
そんなある日、いつものように待ち合わせしてULにinした彼女は、ダンジョン内でローテアウトすることになる。
ローテアウトは知ってのとおり、本来ログアウトすると危険な場所で、1人が一時ログアウトしてリアルで休憩し、もう1人がそのアバターを護る。休憩した1人が再度ログインして、護っていた1人と交代して休憩する行為のことだ。
「でも、戻ってみたら周りには誰もいなくて、拘束系のアイテムで体も動かせない、周りもはっきり見えない状態だった」
手元の水入りのコップを握るマリシャの手に力が入り、視線がその仮想の水の中に吸い込まれて、過去の映像がフラッシュバックする。
「視覚設定で明るさを下げられた状態、そう分かったのは後になってから」
マリシャの脳裏には、その時の恐怖が今でもまだ鮮明に思い出せる。
思い出したいわけではない、忘れられないのだ。
「体の自由が利かないとUL内でログアウトってできないでしょ?右手を前で振らないとウィンドウは出ないし」
そう言って左手を前で振ってウィンドウを出すマリシャは、開いたそれを2回振れるとフレンドを表示した。
「でも、私にはフレンドが一杯いて、初めのうちはきっとフレンドの誰かが助けてくれるって思ってた……でも」
今、彼女の目の前のフレンドの欄には、【YATO】の文字しか見えてなく、その文字は薄い半透明に表示されている。その欄に、記憶上のかつてのフレンド欄が現れる。
「けど実際は、数時間経っても誰もきてくれなかった……」
そう言って、かつてのフレンド欄を目を閉じて消し去るマリシャ。
「家族はどうした?」
俺は呟くように言う、俺の前に座るマリシャは首を左右に振る。
「当時は1人暮らしで、結局……誰もHMCを外す人がいなかったの」
再び、過去の記憶の断片を脳裏に浮かべたマリシャは、深呼吸してから話を続ける。
「気付いたら二日経ってた、リアルの体が大変なことになってると思うと、怖くて仕方なかった、本当は死ぬかもしれないって時だったのに……私ってバカだよね」
呆れた笑顔でそう言うマリシャは、一度俺の顔を視界に入れてまたコップに戻した。
「もしこのまま誰も来なかったら、そう考えると涙が止まらなくなって、でも、二日目の昼に私は帰ることができたの」
「理由は?」
「理由は簡単、HMCの安全機能で脱水症状を検知して強制ログアウト」
その後の事をマリシャは話すが、彼女のその時の状態はあまりに生々しくて、俺は目を瞑って聞いていた。
フルダイブ環境下における身体の状態は、全てHMCがグレードの低い物でも全てを管理している。排泄等は、医療に使われている高グレードのものが必要なのが現状で、今後の課題となっている。
正規のタイトルだったからよかったものの、非正規のものには脱水症状を検知して強制ログアウトする機能が無かったりするから、その点に関してもULでよかったと言える。
それこそ、百数十万する高価なHMCになら、そういったサポート機能がついているものもある。個人タイトルだからこそ、高い自由度が人気に繋がったりもするが、そういう弊害もある意味あって当然なのかもしれない。
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