p4.王との会談、侍女頭の疑惑


 リスティナが帰ると、先触れがやって来た。

 午後一番に、王が見舞いに来てくれるそうだ。


 同性のリスティナは、寝室に通したけれど、王を通すのは、例え実の親でも、失礼よね。


 てか、ぶっちゃけ、元気に回復しましたよ、アピールしておきたい。


 私は、身辺を整えて、居間で王に会うことを選んだ。

 昼食前に、シンプルなけれども地味ではない服装に着替え、軽いものを食べてから待つ。


 すると、宣言通り、午後一番に王はやって来た。

 礼をして出迎える。


「もう、体は大丈夫なのか?」


 顔を上げると、珍しいことに、いつも無表情な王の顔に驚きが浮かんでいた。


「はい。医師には問題がないと言われました。ただ、大事をとって休むようとのことでしたので、部屋で過ごすことを、お許しください」


「うむ、それは構わぬが」


 明らかに動揺している。近頃見なかった、ビー玉のようではない目の色が、珍しく映った。


 居間の主座を勧め、許しを得て私も座る。


「3日、目が覚めなかったと聞いたが、大事ないのか」


 動揺と困惑を浮かべたまま、話す王を見るのは、本当に珍しい。

 内心首をかしげながら、返答する。


「はい。そもそも、馬鹿な独り善がりで倒れたのですから、3日の休日も勿体ないことです」


「……」


 驚きに目を見張る王。というか、父。

 うん、私は変わりましたよ。アピール、アピール。


「ジセリアーナ」


「はい」


「お前は本当にジセリアーナなのか?」


 ギクッ。


 そっちですか?

 ものすごく、いぶかしげな顔でみられています。

 ここは、アレですね。何言ってんだ、お前? みたいな顔をすべきなんだけど、出来てるかな?


「何故でございましょう?」


「今までの、ジセリアーナの受け答えとは違う」


 ですよね。

 はてさて、なんと言ったものか。


「……確かに、そうでございましょうね」


 ここは認める展開で、いってみよう。

 さらに、これからの行動のための布石を、いっぱい打たせてもらおう。

 さてさて、信じてくれるかな?


「お父様、私は、眠っていた3日間、悪夢を見ておりました」


「悪夢」


「リスティナを殺し、お父様を退位に追い込み、ついた玉座から、引きずり下ろされ、無惨に殺される。これを何度も繰り返す悪夢ですわ」


「なッ!」


 そこから、私はゲームでのジセリアーナの行方を、坦々と話した。

 嫉妬からリスティナを殺し、我欲から玉座を欲し、暴君となって、様々な、凄惨な方法で殺される。


 あのままの、ジセリアーナであれば、訪れるはずだった未来。

 ――今も、回避されていないかもしれない未来……。


「魔王と手を組み、世界を滅ぼそうとして、まず自分が殺されることもありましてよ」


「魔王……」


 魔王の復活は、一年半後。

 けれども、断言はしない。

 私が今話しているのは、私の人格を変えるほどの、恐ろしい夢を、現実感たっぷりに見たというお話。未来を見たわけではないのです。


「魔王が復活するかどうかはわかりませんが、もし、したなら最悪の事態が確定でしたわね。だって、リスティナがその時にはいないのですもの」


「……」


 ころころと、笑ってみせると、ひどく難しそうな顔で、私を睨む父王。

 そうよね。王も周りも、みんな私よりリスティナの方が大切なんですもの。


 聖属性の貴重さと、重要さの重みがわかった今、前ほどの嫉妬はないけれど。

 でも、やっぱり少し、寂しいわね。


 思い出されるのは、先程の、屈託のない笑顔をみせてくれた、ただ一人の妹……。


「午前中、リスティナが一番に、見舞いに来てくれましたわ。私、楽しくおしゃべりできましたのよ」


「なっ……、リスティナが、来たのか!」


 驚愕に顔を染め、勢い良く立ち上がる、父王。

 軽く青ざめた顔に、微かに笑いかける。


「ええ。ご心配には及びません。本当に、仲良しになっただけですのよ」


 大丈夫よ、お父様。私、彼女を害する気は全くありませんの。


「あの子、完璧だと思っていましたけれども、割と抜けているのですね。誰もが守りたいと思うのも、頷けますわ」


 だって、恨みを買っていて当然の相手に、しかも、普段から苛烈なことをする人間に、目覚めて一番に駆けつけるなんて。

 なんて、無防備なのかしら。


「私は、私の我が儘で世界を失うのも、自らの命と尊厳を失うのも、もう御免ですの。3日の間に10年以上を過ごしたのですもの。少しは、ましな人間になりとうございます」


「ジセリアーナ……」


 父王は、気が抜けたように、ソファに体を沈めました。

 少しは、説得できたかしら。


 そう、その表情の行方を見守っていると、不意にこちらに向けて真剣な瞳を向けてきました。


「……学んだのだな」


 どこか、ホッとした顔です。


 良かった。少し、信じてくれた。

 私は嬉しくなって、続けました。


「まだですわ。私は、ジセリアーナ・フィア・ダビィスレイアですのよ。きちんと監視をつけて、真に反省したか、見守ってくださいませ」


 そう言うと、父王は、ククク、と手を額に置いて、笑いました。

 うふふ。嬉しい。お父様から、ビー玉のような瞳がなくなっている。


 あとは、誠心誠意、民に仕えるだけだ。

 そうすれば、きっと、見てくれるだろう。ちゃんと、変わったジセリアーナを。


「わかった。結論は、今後を見てからとしよう」


 私は立ち上がり、王に深々と礼をした。





 ◆





 王との会談を済ませて、また寝室に戻ると、今度は、侍女頭のララが、意を決したように話しかけてきた。


「ジセリアーナ様、お聞きしてもよろしいでしょうか」


「なぁに」


 いれてもらった紅茶を傾けながら、返事をすれば、少し細めた目を揺らしている。


「何を、企んでおいでです」


 かたん、とカップを置いた音が、響いた。

 ララはそれにビクリと反応するも、私から目を離さない。


 実を言うと、リスティナの時も、父王の時も、この侍女は控えていた。

 そして、その時々で、顔をこわばらせていたのだ。


 だから、聞きたいことはわかる。


「何も企んでなどいない、何て言っても、信じないでしょうね」

「……」


 そう。彼女たちは『悪役王女』ジセリアーナ・フィア・ダビィスレイアを知っている。

 どんなに悪辣なことも、自らの溜飲を下げるためなら、やってみせる彼女を。


 だから、今回の変わりようにも、必ず裏があるのだと、わかっている。

 企みがないなど、あるわけがない。


 だから言う。目的を、正直に。


「そうね。一言で言えば、『不様な死に方はイヤ』かしら?」


「は?」


 ララは目を点にしていた。

 虚を突かれたのは、彼女だけではない。黙って聞いていた、侍女たちすべてが止まった。


 ため息をひとつ吐くと、そこに滔々と語る。


「お父様に、話していたでしょう? 悪夢を見たって。本当に、リアリティたっぷりだったのよ。死んでも死んでも、繰り返される以外はね」


「……」


「リスティナが死ぬのがいけないんだと分かってからは、死んだ知らせを受けるところから始まるの。いやんなっちゃう」


「……」


「あなた達は、私の不様な死に際を見たいかもしれないけれど、私は、今度こそ、と思っているのよ。うまく行かないかもしれない。けれども、できれば穏やかに死にたい。その為の企みよ」


「……」


 返事のない語りに、キリが来ると、うつむき加減な顔を上げて、こてんと首を傾げた。おわかり? というように。


ララは唇を戦慄かせて、青白い顔をこわばらせている。


「それは……他人を不幸にしても、成し遂げる気ですか」


「……私が、不幸にならないことが不幸だという人には、申し訳ないけれど」


「はぐらかさないでくださいまし」


はぐらかしてはいないけど。


「……。そうね、ララ。貴女の笑顔は見たいわね」


ふふ、と笑えば、幽霊でも見たような、恐怖の表情。


「私に仕えていて良かった、と心から思わせてみたい。ララだけではないわ。貴女達もよ」


 そこにいる侍女すべてを見回す。


「今までの私では、手に入れられなかったものを、手に入れてみたい。その為の企みでもあるわね」


見回して、いくつかの人の顔に、血の気が戻っているのをみる。


それに微笑みながら言った。


「そのためには、今までの私ではダメなのよ」



 ◆



 結局、信じてもらえ……ては、無さそうだけれど、侍女たちは、経過観察をしてくれている。


 うん。


 一番身近な彼女たちは、一番の被害者でもある。

 警戒するのは当然だし、むしろ、それなのに経過観察に甘んじてくれているのは、信じてくれたと同義なのかもしれない。


 いつ、化けの皮が剥がれてもおかしくない、と見てくれている人がいるのは、正直助かる。


 なぜなら、私が一番、いつ化けの皮が剥がれるかと、警戒しているからだ。


『私』は、ジセではない。


 今は、ジセ本来の気品と、冷静……というか、どこか冷徹な考え方のお陰で、ごまかせているけれど、『私』の部分が強く出すぎれば、不審がられること請け合い。


 近くに敏感に、変化を感じてくれる人がいれば、その人が違和感を感じるぐらい、をキープし続けることで、周りにゆっくり異様な状態を普通だと思わせることができる。


 と、思う。



 まぁ、最初はどうしても、強い違和感があるだろうから、ノーカンで。

 ここから緩急をつけて、一年ぐらいかけて、無害……はたぶん無理だから、有用な人間になるように頑張っていけばいいかな、と思う。


 一先ず、リスティナとは仲良く。


 父王には、優秀アピール。


 その他には、いなくなったら、たぶん困るぐらいになれたら、嬉しいな。



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