第14話

 少し湿った枯葉に足を取られそうになりながらも足早に向かう。歩を進める度に心臓が鼓動し、耳に響く。それはとても心地よく、いつまでも浸っていたい感覚に陥った。すると、見覚えのある大きく黒いふさふさの背中が見えた。


「命さん!」


 命はうたた寝していたようで耳をぴくりと動かし、徐に頭をこちらに向けた。


「来たか。 ん……何を持っているんだ?」

「あのね……肉まん買ってきたの! 一緒に食べたくて……」


 大事に抱きしめていた袋を開き、湯気を上げるそれを命さんの前に差し出す。命は鼻をすんすんとひくつかせ差し出されたものを見つめた。


「肉まん……? ああ……コンビニに並んでるあれか」

「もしかして……肉まん食べた事ない?」

「ああ。 コンビニは行くが今まで買った事が無かったな」

「それって人間姿で……?」


 食い気味で顔をずいと近づけてしまったので命は気圧されたのか、少し耳を伏せきょとんと目を丸くさせていた。


「当たり前だろ。 そうじゃなければ、食べていけない」

「わ、忘れてたとかじゃないよ……! ただ……そういえば人間姿、見た事ないなって」

「なるほどな……まぁ、ずっとこの姿ばかりだったからな。 待ってろ」


 命は身体を持ち上げると後ろを向き歩を進める。体毛はまるで生きているかのように蠢き始め抜け落ち、風と共に消えていく。それと同時に前脚を持ち上げるとみるみるうちに身体は小さく縮んでいき、人の形に変化していった。人に近付いていくその様が動く芸術作品のようで僕は思わず目が釘付けになっていた。気付けば命はすっかりと人の姿をしていた。命さんが目線をこちらにやる。獣の時と同じ艶のある漆黒の長髪に毛先は朱がかっており、鋭く力強さを感じる切れ長の目、張りのある美しく筋肉質な身体。


「……どうだ?」


 命が目を細め妖しく口角を上げる。僕はハッとした。命は裸だったのだ。


「は、は、は、はだッ?! 裸ッ……! ご、ごめんなさいぃ……!」


 顔から耳まで一気に熱くなっていく。思わずじろじろ眺め回してしまっていた。


「何恥ずかしがってるんだ? 男同士だろう? それともなんだ、そういう趣味でもあるのか?」

「うぅ……」


 自分でも分からなかった。何故恥ずかしいと感じてしまうのか。いや、これは恥ずかしいという感情とは少し違う気がした。


「あの姿は服は着られないからな。 いつも脱いでからなっているんだ」


 命は茂みから服を取り出し、手際良く着ていった。そして最後にキラリと輝くドッグタグのネックレスを着ける。


「待たせたな」

「あ……は、はい! どうぞ……! まだあったかいと思う……」


 肉まんを手渡す。命は肉まんを少しの間眺めたり感触を確かめたりしていたが、大きく口を開き、豪快に齧り付いた。


「ん」

「どう……?」

「美味いなこれ」

「えへ、良かった……!僕も……」


 自分の分も取り出し一口。ふわふわで甘みの感じる生地に肉汁がじゅわりと口いっぱいに広がってとても美味しい。肉まんの温かさが身体の芯から染み渡る。


「ふふ……美味しい」

「ありがとうなイキル。 肉まんの良さを教えてくれて」

「えと…‥実は僕も肉まんは初めてだったんだぁ。 今日は……勇気を出して買ってきたんだ」

「そうだったのか」

「だから……2人の思い出、だね」


 命も肉まんが初めてだった事が嬉しくてついにやついてしまって慌てて顔をぶんぶん振る。それを気付いていたのか命の表情は柔らかくなる。


「……そうだな。 2人だけの思い出だ」


 命は最後の一口をひょいと口に放り込む。僕はまだ半分しか食べられてなかったので急いで食べようとした。


「急がなくていい。 俺は別に逃げやしない」

「んむ……」


 口に詰め込んだ肉まんを一旦喉の奥に押し込む。そして空いた口を開く。


「あの……命さんはどうして会う時獣姿だったの?」

「理由か。 家でも人の姿だから疲れるんだ……それだけ」

「家があるの?」

「お前……俺をなんだと思ってるんだ? 俺は野生の獣かなんかか?」

「ご、ごめんなさい……」


 命は気にするなという風に頭を荒く撫でてきた。被っていたニット帽がずれて視界が塞がれた。再び顔に熱が集まる。こんなにもニット帽を被ってなければ良かったと思った事はなかった。


「実際獣の姿の方が楽なんだがな……この世を生きていくには人の姿が効率いいんだよ」

「そうなんだ……どんなお家に住んでるの?」

「気になるか?」


 僕はすぐに何度も首を縦に振った。命の事はなんでも知りたかった。


「それなら来るか? うち」

「え……?! いいの?!」

「肉まんの礼だ。 腹はまだ入るか? 何かご馳走してやる」


 命が得意げに笑う。僕は一瞬ぽかんとしてしまった。命の事をもっと知れるチャンスだと思った。


「行く……! 行きたい……!」

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