第13話
「どうだ? 恐ろしくなっただろう?」
命が嘲笑するように目を流し向ける。しかし僕は自然と涙を流していた。それを見た命が鼻で笑った。
「やはりな。 流石のお前も……」
無言のまま彼の大きな身体を抱きしめる。
「な?! 何……して」
「苦しかったね……辛かったよね……! 皆酷いよ……! どうして……幸せになりたいだけなのに……!」
言葉は上手く出てこなかった。何を言ったとしても言葉だけでは彼の心は癒されない事が分かっていたから。僕に出来る事はそんな彼を抱きしめる事だけだった。
「……この話を聞いて尚、お前は俺を受け入れると?」
「口にするのは簡単だよ……だから僕は君の側にいる事でそれを証明して見せる」
命の身体はとても温かかった。生きようとする血の温かさだ。どんな姿だろうと同じ命には変わりはないんだ。命が長く大きな溜め息を吐いた。
「降参だ。 負けた」
「え……? 勝負してたっけ……?」
「そこで天然を発揮するな」
命の目がふと柔らかくなった気がした。僕は少しでも命と仲良くなれた気がして嬉しくなった。
「だったら、試してやろう。 お前がこの先俺から離れないかどうかをな。 『友達』とやらになってやる」
「ほんと?! やったぁ……!」
「ところで……いつまで抱きついているつもりだ?」
指摘され、顔に血が昇るような感覚に襲われた。僕は慌てて離れる。
「あわ……! ご、ごめんなさい! あの、へ、変な気はなくて……その!」
「何を焦ってるんだ。 こっちまで照れるだろうが」
命が大きなふさふさの尻尾でばしっと僕の顔を叩いてきた。
「ぼふぅ……」
あまりの気持ちいい感触に思わず抱きしめ撫でる。するとすぐにするりと尻尾が僕の腕を抜けてしまう。
「やめろ! 楽しむな! 全くお前という奴は……」
命がそう言い放ち、背中を向けてしまう。しかしよく見ると尻尾は小さくゆらゆらと揺れていた。もしかして……喜んでる?それを理解した時、僕の中で愛おしいという感情が芽生えた。初めての感情だった。
「可愛い……」
「なんだと? 頭おかしいんじゃないのか?」
口に出ていたようだ。
「おかしくないよ……! 可愛いもん……!」
「俺は化け物だぞ」
「化け物じゃない! 可愛いよ!」
「一応男だしそもそもどちらかと言えば可愛いのは……! と、とにかく可愛いなんて言うな!」
その時の自分の気持ちを否定されたようで僕は悲しくなってしまった。
「可愛いもん〜……! う……」
「な、泣くな泣くな! 分かったから! ったく……本当に変な奴」
命が困ったように耳を伏せる。そしてそわそわしながら立ち上がった。
「……俺はもう帰る」
「もう帰っちゃうの……」
「疲れたんだ」
「そっかぁ」
そう言ったはいいものの、もしかしたら彼はそのまま僕の前から姿を消すつもりかもしれない。そんな思いが僕の胸に突き刺さって息が苦しくなった。
「その……なんだ、明日、また同じ時間にここでな」
「……! う、うん!」
命を一瞬でも信じられなくなった自分に罰を与えたい。やっぱり命は優しい人だった。
「じゃあな……イキル」
背中を向けたままそう言い放ち、命は颯爽と飛び立っていった。それをぽかんと見送る。
「名前……初めて呼んでくれた」
その時、僕の心臓は少しだけ速く鼓動していた。
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