第9話

 僕は行く宛もなく、ただ町をふらついていた。町中に出ればなんとかなるかと思ったんだ。珠依が僕に全財産をくれた。申し訳なかったけど、とても嬉しかった。だけど貰ったのは千円と少し。これだけではきっと数日しかくらいしかもたないだろう。生活するにはお金が必要だってきいた。その為には働かなきゃいけないんだって。だから僕は「働き」に町へきた。


「あ……あの……」


 勇気を振り絞って通りすがりの男の人に声をかける。その人は僕を見た途端顔を顰めた。


「この辺りで……働ける所……知りませんか?」

「はぁ? 君、子供だろう……子供が働ける場所なんてどこにもないよ」


 男の人はそう言うとさっさと行ってしまった。その後も色んな人に何度か声をかけたり、お店に行ったりもしたが駄目だった。早々に追い返されるのが殆どだった。時間だけが無常にも刻一刻と過ぎていく。


「……子供だから、働けないのかな」


 お腹が空いたから菓子パンを買い、食べた。食べ終わった空のパンの袋を眺めながら深くため息をつく。これから僕1人で本当に生きていけるのだろうか。不安でたまらない。


 辺りはすっかり日が暮れ、薄暗くなっていた。そろそろ寒さを凌げそうな場所を探さないと……


「ちょっと、君」


 ふと声をかけられる。声の方に目を向けると年配の気の良さそうな男の人が僕を見ていた。


「こんな遅くに何してるのかな?」

「えっと……」

「先程、色んな人に働きたいとか言って回っていたよね?」

「は、はい……」


 男の人は僕に近寄り、僕の目の高さに合わせてしゃがむ。


「お金が欲しいの?」

「……」

「良かったら、おじさんのお願いをきいてくれないかい? そしたらお小遣いをあげよう」

「本当……?」

「本当だとも、さぁ……こっちにおいで」


 僕はそのおじさんの後ろをついていった。良かった……優しそうな人だ。

 着いた先は公園の公衆トイレだった。


「あ、あの……ここで何を……」


 突然腕を掴まれ、トイレへと引き込まれる。


「痛っ……! え、あの……」


 おじさんは後ろ手にがちゃりと鍵をかけてしまった。


「バカな子供だね。 君は」

「何……するんですか?」

「まだ分からないのかい?」


 おじさんが僕に覆い被さってくる。身動きが取れない。


「大丈夫……すぐ終わるから」


 おじさんが僕の頬をゆっくりと撫で、僕の服を捲し上げる。身体のいくつもの醜い傷がおじさんの目に晒される。


「あっ……」

「なんだこれ……気持ち悪ぃ」

「……っ!」


カッと顔に血が集まり熱くなる感覚。僕の身体を見ないで……!


「まぁいいや……」


 おじさんは鼻で笑うと僕の肌に触れる。


「ひっ……!」


 やめて嫌だ怖いよ触らないで酷い事しないで……!


「や……『やめろ』!!!!」


 僕の声が頭の中で反響する。酷い耳鳴りが襲ってくる。まずい……この感じは……

 おじさんは呆然としたまま僕を見つめていた。そして、黙って僕から手を離すとトイレから出ていってしまった。僕はその場でずるずるとへたり込み身体を抱きしめる。まだ、震えが止まらない。触れられた感覚がまだ残っている。何をされるのか分からなくて怖かったのもある。だけどそれよりももっと恐ろしかったのは……


「もう……やだよ……」


 心が折れそうだった。どうにかなってしまいそうだ。僕は……僕は……


「誰か……助けて」


 嗚咽混じりの小さな悲痛な叫びはただ虚しく空に消えた。

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