第6話

 研究所に来る前の記憶はとても曖昧で、僕自身の事はよく覚えてはいなかった。研究所にいた間は、ずっと同じ景色ばかりで時間の感覚も麻痺していたからどのくらいの月日がたったのかも分からなかった。でも研究員のおじいさんのお陰で捕まった当時の僕の年齢が分かった。今年で僕は14になる。壁に掛けられたカレンダーを眺めていた僕は目を伏せた。僕は誕生日を忘れてしまった。というより、知らないのだ。研究所に入る前から祝って貰った事がない。誕生日……世間では周りの人からとてもお祝いされるらしい。「生まれてきてくれてありがとう」と……生まれた事を祝福されなかった僕には誕生日なんてものは存在しない。


「どうしたの?」


 ゆったりとした穏やかな口調。珠依のおばあちゃんだった。


「……ううん。 何でもない」


 無いものを気にしたって仕方ない。


「そう言えばイキル、貴方の誕生日はいつ?」


 頭の中を見透かされたのかと思ってドキリとした。


「……分からない」

「そうなの。 寂しいわねぇ……」


 おばあちゃんは少し残念そうな顔をしていた。僕は何となく居心地が悪くなってしまい、逃げるようにその場を去った。


「イキルお兄ちゃん……?」


 僕は屋根裏部屋の小さな窓を開け、ぼんやり外を眺めていた。遠くで聞こえる蝉の声にただひたすら耳を傾けて。


「イキルお兄ちゃん、入ってもいい……?」


 襖の向こうから珠依の声がした。僕はすぐに珠依を迎え入れた。


「何……?」

「あのね、これ、受け取って欲しいの!」

「これは……?」

「四つ葉のクローバー! 押し花みたいにして栞にしてみたの!」


 珠依の手の平には黄色いリボンが付いた四つ葉のクローバーの栞があった。


「これを僕に……?」

「うん! プレゼントだよ! 誕生日の!」

「誕生日……? で、でも僕、誕生日は……」

「今日からイキルお兄ちゃんの誕生日だよ! 7月13日!」


 僕の誕生日……


「四つ葉のクローバーは幸せを運ぶのよ! お誕生日おめでとう、イキルお兄ちゃん!」


 目の奥が熱くなってなんだか視界がぼやける。初めて、生まれてきた事を認められたような気がした。


「あり……がとう……」


 僕は栞を胸でそっと握りしめた。

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