第5話
「イキルお兄ちゃん、そのかっこ暑くないの?」
「大丈夫……」
今は7月。今の僕は長袖長ズボンに帽子にマフラーというなんともおかしな恰好をしている。だけど、仕方ない。以前もこんな風に珠依と出掛けた事があった。その時僕に向けられた視線はとてもじゃないけれど耐えられるものでは無かった。理由は簡単だ。僕の身体に付けられたいくつもの傷痕。そして一番目立ったのは首にある醜く、荒々しい大きな手術跡。これを見た人達は皆ぎょとした顔をし、嫌悪を示した。まぁ傷があろうがなかろうが僕が皆から避けられる事はきっと変わらないけれど……
僕は顔を隠すように帽子をきゅっと深く被り、口元をマフラーに埋めた。
「イキルお兄ちゃん! こっちこっち!」
真っ白なスカートをふわりとなびかせて珠依が跳ねるように駆けて行った。僕達は山の中を進んでいた。
「着いたよ」
見上げるとそこには大きな樹があった。樹の葉は青々と生い茂り、木漏れ日が差し込みきらきらと輝いていた。
「……綺麗……」
「でしょう? ここは私のとっておきの場所なの!」
僕は樹にもたれ掛かりそっと目を閉じてみた。風が僕の頬を撫で、髪を揺らした。樹の葉が優しくさわさわと音を立て、風と話をしているよう。
「まるで自然と一体になったみたいだ……」
「ね? 素敵でしょ? それにここなら人目もないし涼しいし! イキルお兄ちゃんも安心してお話出来ると思うの!」
「ありがとう……君は本当に優しいね」
「そう感じるのはイキルお兄ちゃんが優しいからじゃないかな」
僕が……優しい……?
「人の優しい所を見つけられるのはその人が本当に優しい証拠なんだよ」
珠依はいつも真っ直ぐ僕の目を見て話してくれる。その目には今まで僕に向けられていたような感情は少しも感じられ無かった。
それにしても珠依はどうして僕の事を聞いて来ないのだろう。こんな素性の知れない僕を……
「ねぇ……どうして何も聞かないの? 僕の事……」
「誰にだって話したくない事の一つや二つあるもの。 私はいつかイキルお兄ちゃんが自分から話してくれるようになるまで何も聞かない」
ごめんね珠依。ありがとう。
僕はまだ恐ろしいんだ。本当の僕を知られてしまうのが。優しい君は真実を知った後もきっと優しく笑ってくれるはず。だけど、言ってしまえば何かが変わってしまう、そんな気がしてならないんだ。僕はすっかりこのあたたかな居場所の虜になってしまっていた。もう少し、甘えていたいと思ってしまったんだ。
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