第3話


 ゆらゆらゆらゆら飲まれて、流されて……僕はどこへゆくのだろう。僕のゆく先はあるのだろうか……真っ白な意識の中、僕は幸せそうに笑っていた。このまま……ずっと……

 ふと誰かが呼ぶ声が聞こえた。手を引かれたような感覚と共に僕は目を覚ました。冷たい。それからしょっぱい。重い身体をあげ、周りを見渡す。ここはどこだろう。


「誰かいるの……?」


 身体がびくんと跳ねた。目の先には小さな少女が立っていた。どうすればいいのか分からず、僕はその場から動けなかった。


「そこにいるのは誰?」


 まさか、見えていない?

 彼女の顔はしっかりとこちらを向いていたが、焦点が合わなかった。少女が探るように手を伸ばしゆっくりと僕に近付いてくる。少女の小さな手が僕の頬を包み込む。


「大丈夫。 大丈夫だよ」


 不思議と安心出来た。この子は一体?


「濡れてる……海水浴じゃないよね? このままじゃ風邪引いちゃうわ。 こっちに来て」


 少女に手を引かれ、僕は徐ろに歩き出した。少女は目が見えないとは思えない程軽やかに歩いていた。


「着いたよ。 ここが私の家。 さぁ、入って」


 そこで僕は彼女のおばあちゃんに出会った。初めは何事かと驚いていたが、こんな素性も知らないような僕を優しく受け入れてくれた。お風呂に入れられた後、僕はあたたかい毛布に包まれていた。少女が僕にホットココアを差し出してきた。僕はそれを受け取り、カップを両手で包み込んだ。あったかい……


「私は上坂 珠依(こうさか みより)っていうの。 あなた、名前は?」


 僕は……


「イキル……」


 珠依がふと微笑む。


「イキル……いい名前。 じゃあイキルお兄ちゃんだね。 どうしてあんなところにいたの?」

「………」

「お家は……?」

「帰る場所なんてない」


 そうだ、僕には帰る場所なんて……

 結局僕は彼女のおばあちゃんの家に居候させて貰う事になった。おばあちゃんは本当に優しかった。僕の事を誰にも話さないで欲しいという無茶なお願いもすんなり受け入れてくれた。


「イキルお兄ちゃんには何か事情を言えない理由があるんだね。 でもいいの。 いつか話して欲しいな」


 どうして……?


「どうして僕にそこまで優しくしてくれるの……?」


 彼女はふわりと天使のように笑った。


「だって、悪い人には見えないもの」

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