第2話

 頭が割れそうに痛い。身体が動かない。苦しい。どうして……痛い、苦しい痛い痛いよ……


 霞む視界の中に揺らめく人影。僕の方へ近付いてくる。白衣の人物だ。もう、実験はさっき終わったはずなのに。僕は諦め逃避をするように目を閉じる。が、違った。その人は僕を優しく抱き上げる。森本だった。僕の頬に温かい雫が落とされる。彼は泣いていた。


「苦しいよなぁ……痛いよなぁ……ごめんなぁ」


 違うよ……あなたのせいじゃない。薄れる意識の中で僕は頭の中でそう呟いた。


 森本と出会い、僕は前とは少し変わったものの、状況は何一つ変わらない。毎日機械的に繰り返される実験。それどころか内容はどんどん悪化しているようだった。研究所内もなんだか様子がおかしい。何かが起ころうとしているのか。嫌な胸騒ぎがした。


 その夜はいつもと違っていた。しんと静まりかえった空気を壊すように扉の開く音。ぼんやりと目を覚まし音の方へ目を向ける。森本だ。森本はいつになく真剣な表情で周りを気にするように早足に僕に近付く。


「いいかい。 イキル。 落ち着いて、よく聞くんだ。 君の処分が……決まった」


 しょ……ぶん……

 僕の目の前が一気に暗くなる。処分って……殺されるって事?


「君はまだ死ぬべきじゃない。 死んではいけない。 君は出来るだけ遠く、逃げるんだ」


 僕の手足と口の拘束、首の機械が外される。


「とにかく上へ……階段を登れば外へ出る……さぁ、早く!」


 森本に背中を押される。僕は訳も分からずに踏み出した。身体が解放されたという余韻に浸る間もなく、駆け出した。後ろから森本の声が聞こえた。


「絶対振り向くな! 足を止めるんじゃない!」


 けたたましく警報が鳴る。目の前がくらくらする。足がもつれる。数年ぶりの運動で身体がぎしぎしと悲鳴をあげる。既に息は上がってきたが、言われた通りに走った。どこかで銃声が響く。その音の意味を僕は瞬時に理解する。涙が溢れて止まらない。でも、止まっちゃいけない。振り返っちゃ駄目だ。走れ。後ろから複数の足音と叫び声。伸びてくる手を夢中で払い除け、逃げた。逃げて、逃げて、逃げて……


 生温い空気が僕の頬を撫でていく。外だ。それでも追っ手はいる。逃げなきゃ。なのに……

 思わず足を止めた。崖だった。下は飲み込まれそうな真っ暗な海。だけど考えてる暇なんてないんだ。僕は生きなきゃいけないんだ。思い切り暗い海へ飛び込む、僕のすぐ近くを銃弾がすり抜けていく。荒々しい波に飲まれながら、僕は必死に生へ手を伸ばしていた。

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