第28話 古城を攻略する

 とにかく数が多い。

 まずは救出担当のウルズさん、シグさんが敵に突っ込んでいく。ミストさんは僕の隣で殲滅型の魔法を準備していた。


「とりあえず、大きいの一発入れたらすぐに私たちは動くからね。そこからよろしくね」

 ミストさんは集中を切らさずにそう言う。

「混乱した後に僕がもう一発大きいのを入れる訳ですね」

「そう。とにかく相手を減らすのと警戒されるって感じ。あと、ある程度陽動したら追いかけてきて。ずっとここにいる必要ないから」

 慣れている感じだ。さすが高ランク冒険者だと思う。


「見ててね、これが本来の私たちの戦い方。そして私のオハコなの!」


 シグさんは斬撃中心に敵を数体ずつまとめてなぎ倒していく。炎系の魔法はまだ使わないようだ。魔力温存といったところだろうか。

 ウルズさんは剣技と雷魔法をバランス良く使い、広域魔法ほどでないが、敵を広範囲で圧倒していく。豊富に魔力があるのでこのあたりは余裕らしい。

 ミストさんは、シグさんとウルズさんに最初に補助魔法をかけたきり、ずっと集中していたが、ついに何かを放つようだ。


「…絶対零度!」


 それが放たれた時にはすでにウルズさん、シグさんは下がっている。長年の連携の賜物だろう。凄まじい範囲の広域魔法だ。氷系魔法では最上級じゃなかったか…。

 あれだけいた敵部隊がほとんど氷漬けになっている。


「…はあ、はあ、はあ、…というわけで、あとは、フォルくん、頼んだ、よ…」

「はい。任せてください。…大丈夫ですか?」

「大丈夫! というほどでもないけど、しばらく私は暇だろうから…」


 息が上がっているミストさんを気遣うが、これもいつも通りのようだ。ウルズさん、シグさんが側に来る。


「じゃあフォルくん、頼む」

「おまかせ〜」


 さっき自身の状態に気づいたが、無言のままでは本当に力が解放されないようだ。

 根源にいるはずの粒子たち、つまり精霊たちとコンタクトが取れないような、なんとも寂しい状況だ。

 ウルズさんたちが動き出す。さて、僕も気合を入れよう。


 僕はいくつかの呪文もどきの中から一つを口にする。


『我が声を聞き、跪け、全ての振動を我が意のままに』


 すると、周囲が突然騒がしくなる。これまで一度も聞こえなかった囁きが耳に入ってくる。


“ねえねえ本当にあの恥ずかしい呪文唱えたよ” “うわ〜、真面目〜” “なんか生意気〜” “でも可愛い〜” “あれ? 力が制御できてるよ” “本当だ” “じゃあこの会話も聞こえてる?”


「う、そ、だろ…」


“わ〜、驚いてる驚いてる” “なんか間抜け面〜” “ねえねえどうすれば良いの〜” “早く早く〜”


「精霊の声、なのか…。すごい…」


 今までこんな声は聞いたことがない。これが本当の精霊魔法なのだろうか。なんだか自然界と、世界と会話できそうだ。ちょっと感動ものだ。


“あれあれ? 泣いてるよ” “泣き虫だね〜” “良い子だね〜” “いつも見てたじゃん” “ねえ、急ごうよ”


 僕はいつの間にか流れ出ていた涙を乱暴に吹き、精霊たちにお願いする。


「ここにいるお姉さんたちが中に入りやすいように地形をいじったり、壊したりしたい。よろしく!」


“え〜、壊して良いの〜?“ ”がんばる〜”


 なんだか精霊たちは嬉しそうだ。そして次の瞬間、


 ドゴドゴドゴドゴドゴドゴ…。


 あちこちから岩が隆起したり、陥落したり、地面が揺れ始め、せっかく出てきた敵側の新戦力をさらに破壊し、分断し始める。

 先ほどまでいた敵スケルトン部隊では氷系魔法に弱いと踏んでゴーレム部隊が前に出てきたのだが、地盤沈下や岩山に飲まれてしまい、動きが取れなくなる。


 今までよりも精霊たちの存在を強く感じる。細かな粒子と思っていたもの全てに意志があり、いつも話しかけてくれていたのを僕が気づかなかったのだ。

 解放された力は、上手くウルズさんたちを避け、敵を翻弄している。



〜〜〜Another Viewpoint (古城各所の大混乱)〜〜〜


 これほど容赦ない攻撃に連続で晒されるとは思っていなかった。

 所詮、人族の魔法ごとき、と侮っていたのだ。


「…まずい! 立て直すぞ」

「了解、ですが、残存戦力の把握ができない状況で…」

「把握できるだけで良い。スケルトン、ゴーレム部隊が壊滅したのは見ればわかる。リッチやワイト、ワイバーンや大型も出せ!」

 防衛を任されていたのは魔族の将軍である。これまではヨルムンガンドにさえ気をつけていれば良かった。魔力が少なく属性などに縛られる人族の冒険者たちなど、適当に数で押し切れば良いだけだ。今まではそれで成功していた。だから今回も…。


「この揺れは魔法なのか?」

「わかりません。魔力量もおかしいと思います。未だ攻撃が継続中です…」

 

 そう言いつつ、直属の魔族部隊の大隊長があちこちに司令を出す。普段なら有能であるに違いないが、彼もまた相手を舐め過ぎていた。

 そんな中、リッチやワイトの軍勢が空を飛んでいく。


「これで相手も大人しくなるでしょう…」

「…奴らは人族のような魔力切れという概念がない。いくらでも粘れるはずだ。その間に立て直せ」

「はっ!」


 やっと一息つける、と思っていた。

 通常であればここらで敵を蹂躙し、追い払うか、捕虜にするかである。当然将軍も大隊長もその後のことを、やっと考えることができると信じていた。

 だが事態が覆ることは無かった。


「伝令! リッチ部隊が炎で焼かれほぼ全滅!」

「伝令! ワイバーン部隊が風で吹き飛ばされました!」

「なんだ! 一体何が起こっている!」

「…こ、これは一体…」


 伝令が次々にやってきて、そのほとんどが壊滅、敗走、消滅の報告ばかりだ。

 大隊長が怯えながら将軍の顔を伺う。将軍も予期せぬ事態にフリーズしていた。


 一方、現場の状況は、もはや地獄絵図だ。

 大地震の後、火災が起こり、その後竜巻が到来し、雷雨に見舞われ、また竜巻が起き、地面が割れ…。

 指揮系統に従うように感情を制御されたモンスターたちだが、恐怖という感情が無くなったわけではない。


 キシャアアアアアアア。

 グオオオオオオオオオ。

 ガアアア。

 キイイイイイ。


 こんな声があちこちで上がっている。もはやどの遺体がどのモンスターのどの部分かわからないほどに…。


 ブワアアアアアアアアア。

 ブオオオオオオ。

 ヒュオンヒュオン。


 自然現象のあらゆる効果音が鳴り響いている。

 古城を守る戦力がほとんど削られていく。無事に災害を切り抜けた者も周囲の惨状に気力を無くし、呆然と立ち尽くすばかりだ。

 古城の城壁もボロボロだった。

 いろいろな装置が剥き出しになっている。


 ドゴーン!

 バゴーン!


 とんでもない破壊力のよくわからない攻撃が各所の装置を破壊していく。

 これらは荒地に棲む大型モンスターや神獣と呼ばれる大精霊たちを鎮めるための装置のはずだ。

 このまま全て破壊されてしまうと、他にも古城を襲う存在が現れるかもしれない。

 人族はそれを狙っているのではないか、そう考える者もいた。


 攻撃は続く。


 城自体は避けているつもりのようだが、余波で崩れそうな場所も多くある。あの人族は人質のことを考えないのか、とモンスターたちが引くレベルである。


「…おい、この音は何だ?」

 古城の奥深くにある研究室で、ガジルは近くにいた白衣の男に訊ねる。答えを期待してわけではない。


「ガジルさま、申し訳ありません。敵の攻撃のようです。あれは規格外です。正直、ここもいつまで保つか…。申し訳ありません。こちらの見立て違いです。どうか、早くお逃げください…」

「おいおい、ガーベラさまから見て来いって言われているんだよ。そうはいかないだろ?」

「ですが次元が違い過ぎます。ほぼ一瞬で全滅ですよ、もはやこの城は、は、裸も同然です…」


 ガジルは白衣の男を見る。珍しく相当焦っているようだ。


「…お前さ、このことを早くガーベラさまに伝えてくれ。あと人族のお姫様さまも連れてけ…」


 ガジルが覚悟を決め去ろうとするが、


「そんな、あなた様が生き残らなければ魔族の悲願が…」

「そんな大袈裟なもんじゃねえだろ…」


 白衣の男に全力で止められる。ガジルは部下たちに慕われているらしい。白衣の男たち全員の総意のようだ。彼らも魔族で、この研究には並々ならぬ覚悟で臨んでいる。


「とにかく逃げましょう…。今は何を置いても逃げたほうが…」

「…そうか…、…だよな…」

「であれば人質、お姫様をすぐに殺しますか?」

「そうだな、そうしてくれ」

「せめて俺は殿でなんとか時間を稼いでみる…。そのぐらいはいいだろ? もちろん死ぬ気はない」

「…ガジル様…」


 ドゴーン!


「うわっ!」

「…な、今度は何事か?」

 堅牢なはずの古城の床が大きく揺れている。


「司令部から伝令です! 城壁はほとんど丸裸です。モンスターはほぼ全滅しており…。て、敵がこの場に到着するまでそれほど時間はないかと…」

「チッ。もうここまで…。完全に見誤った…」


 ガジルが軍服を着た伝令の話を聞いて呟く。そして、


「お前ら急げ! もうここには用はない。すぐに逃げろ!」


 ガジルが白衣を着た部下に怒鳴りながら指示を出す。白衣の男の1人はすぐに王女殺害のためにこの場を離れた。

 ここに来て第5王女殺害にこだわる理由は、彼女がいろいろ知り過ぎてしまったからだ。王家への切り札として生かしておくつもりだったが、ここを攻撃しているバケモノにそんなのが通用するとは思えず、彼女がペラペラこちらの機密を漏らす前に殺してしまおうという算段だった。

 

 城を逃げ出す準備をしている最中も、順調に城を破壊しながら敵は迫っていた。破壊音が近づいている。

 正直この城はかなり気に入っていた。培った技術や設備だけでなく、人族と程良く離れており、暗躍するにはちょうど良かった。

 100年以上に渡り活用してきた愛着のある城だ。

 すでに半壊しているがここを出て行かなければならない、というのは痛手だ。


 ドゴーン!


 そんなとき、研究室の入り口のドアが勢い良く吹き飛んだ。

 ガジルは悔しがっている様子をなるべく見せず、その迷惑な存在を見る。近くで見るのはこれが初めてだ。


「よお、バケモノくん、今更だけどお前何しにきたんだ?」


 頭の2本の角をまじまじと見つめている。どうも魔族を見るのは初めてらしい。

 逃げようとしている研究員が一瞬相手を見て驚く。


「こ、子ども…?」

「…バカヤロウ! 早く行け! 子どもと思って見くびるな! おそらくこいつ1人で外を全滅させやがったぞ」

「…ヒィィィ」

 研究員たちは何やら書類を抱えて逃げ去っていく。


「…追わねえのか? まあいい。もう一度聞く。ここに何しに来た?」

「ちょっと古城見学に」

「そうか、なら行儀良く見てってくれないか? 先人が残してくれたものは大事にしないとな…」

「先人って人族のですか? 魔族のですか?」


 どうも調子が狂う。目の前の存在がバケモノであることに変わりはないが、本当に子どものような雰囲気であちこち興味津々でキョロキョロしている。


「…フッ、ふざけた野郎だ…。とにかくまあ生かしておいても碌なことにならねえ、なあ!」

 ガジルは、声とともにいきなり仕掛けた。


 ガキーン!


 次の瞬間、その子どもの脇腹に強烈な蹴りが入っていた。手応えありだ。

 金属音は、子どもが吹っ飛ばされて後ろの柱に叩きつけられた音である。


「痛ててて…」


 子どもは反動で床に倒れ込んでいる。が次の瞬間、何事もなく起き上がる。


「チッ、クソガキが…」


 子どもは、何やら聞いたことのない呪文のような言葉を発し、コーティングらしきものを身体中に張り巡らせている。魔力は感じない。「大丈夫だよ」「バリアが必要かも」「あ、それ便利だね」などと、ぶつぶつ独り言のようなことを言っている。

 この子どもは、頭がおかしいのかもしれない。

 だが、それでいてこの威力を防いだらしい。

 どういう仕組みか、ガジルにはさっぱりわからなかった。


「くそ、まるで何ともねえのか…」

「いや、痛かったですよ」


 ガジルは連続で攻撃を繰り出す。


 バババババババ!


 今度は何人かに別れるスキルを使う。ガジルにとって必殺に等しい技だ。出し惜しみはしないと決めた。


「おお! 分身だ、分身の術〜!」


 子どもはちょっとはしゃいでいる。余裕があるのだろう。


「…くそ、調子に乗りやがって…。いくぞ、ディレイアタック!」

「あちゃ、技の名前とか言っちゃったよ、なんかロタ姉みたいだな…」


 何かバカにされたような気もするが、ガジルは全方向からの同時攻撃を打ち込んだ。

 先ほど少しは打撃が有効だとわかったので、いくつかの方向からの猛攻が同時に子どもに向かう。

 これなら避ける方法はないはずだ。


 だが何かよくわからないが、子どもはニヤニヤしている。魔力が発言された様子はない。


 ドカッ、ドカッ、ドカッ、ドカッ…。


 ガジルは確信する。5発、6発は入ったはずだ。

 普通なら死んでいるだろう。つまり殺す気で攻撃した。


 だが、目の前の子ども無事だった。衣服が少しほつれた程度だ。

 

「な、バ、バケモノ…」


 ガジルは魔族の中での戦闘力はかなり高い。だからガーベラという高位の魔族の護衛兼副官として選ばれ、相当の実績を残してきた。

 そのガジルが子どもに翻弄されている。


「ひどいな。バケモノ、なんて…。そうだ。僕も技名言ってやってみよう! 波動切り!」


 ブオン!


 分身こそしないが、目に見えない速度で獲物を抜き、ガジルの横を通り過ぎた。振り向くと、黒くて細い獲物を肩に乗せた子どもが背中を向けている。


「う〜ん、どうも技名って難しいな。波動切り、はダメだな。なんかカッコ悪い。またロタ姉に相談してみるか…」


 何やらぶつぶつ言いながらこちらを向き、その刀身を眺めている。その様子は歴戦の剣士のような佇まいだ。

 ガジルは、剣技もバケモノだと認識する。

 だが、それ以上の思考に陥る前に自身の腕が肩先からずれ落ちていく。


 ザシャ!

「ぐわあああああ」


 斬った音が後から聞こえる。ガジルの腕は綺麗に切断されてしまった。


「うわ~、よく切れるな、この刀…」


 そも子どもは刀の刃に自分を写し込み、悦に浸っていた。


「この、この野郎、俺の腕を…、こうなったら、ハアハア」

「無理しないほうが良いですよ…」


 子どもが声をかけてくるがもはやそんな余裕はない。


「うるせえこのバケモノ!」


 ガジルは最後の賭けに出る。

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