第27話 この国のカタチ

「すいません、ちょっと気になることがあるのですが…」


 シロから降りた僕らは岩山に隠れながらゆっくり近づいている。

 そんな中、僕はウルズさんに気になっていることを質問することにした。


「どうした?」

「さっきヨルムンガンドさんが言っていたヴァルキュリアの末裔ってなんですか?」

「…あ、ああ、あれね、うん、あれか…」


 なんだか答え難そうだった。


「…あの、もしかしてシロとウルズさんって以前も出会っていたりしますか?」

「え? いや、そんなことはないが…」


 珍しく歯切れが悪い。

 無理に聞くべきことではないのかもしれない。

 

「ごめんなさい。また今度、教えてください…」

「…そ、そうだな…。…いや、私もこれについては話すつもりでいた。でも、もう少し待って欲しい。ある人にも相談しておきたいんだ…」

「はい。大丈夫です。いずれ…」

 ウルズさんが答えてくれたが、どうも何か隠したちことがあるようだ。今は僕に聞かれたくないことなのだろう。


「お2人さん、ちょっと呑気にお話ししている場合じゃないかも。なんか魔族が…」

「す、すごい数…」


 確かに余計なことを気にして考えに浸れるような状況ではないようだ。

 敵の大群が整列していわゆる戦闘準備に入っている。

 僕らは割と大きめな岩影に隠れ、様子を探る。

 古城目前でも土地が荒れており、4人が身を隠すぐらい訳無いのだが、すでに発見されていると考えるべきだ。


「なんかもう、隠密の調査、って感じじゃなくなってますね…」

 古城からわらわら出てきているモンスターたちは演習目的では無い気がする。明らかにこちらを威嚇している。


「なんだあれ?」

「モンスターが整列してる?」

「スケルトンとゴーレムの混合部隊といったところか?」

「か、数が多いよ」

「師匠、おそらく彼らは、こちらの動きをある程度把握して、最初から敵対行動を取るつもりだったんですよね?」

「確かに全然話し合いをする気は無いらしい。先発の王女チームも同じなのか…」


 僕を除く3人がそれぞれ意見を言い合っている。

 古城まで残り500メートルと言ったところだ。


「ここに留まって陽動をする側と、王女様を救出に行く側と、二手に別れた方が良いかもですね」

 僕がポツリと呟くと、

「この人数で? それは無謀だよ、フォルくん…」

 ミストさんが反論する。まあ当たり前だろう。

「確かにそうだが…」

 ウルズさんが申し訳無さそうに僕を見る。


「できれば救出する途中で洗脳の装置を破壊してもらえると…。そうすればシロも参戦してくれるはずなので…」


 そう、僕がこの場で陽動役として残ろうと思っており、ウルズさんは察してくれたようだ。

「え? フォルくん残るの?」

 ミストさんが信じられない、というような顔で僕を見る。

「…あ、危ないと思うよ」

 シグさんも心配そうだ。


「大丈夫です。僕だけならなんとかなると思います。みんな知ってるでしょ? 僕が出鱈目なのは…」


 こうして僕らは二手に別れ、作戦と呼ぶには烏滸がましいような行動に移る。

 僕は、なんとなくだが、嫌な予感がしてならなかった。

 


〜〜〜Another Viewpoint (教会、暗躍)〜〜〜


 フォルセティが古城で戦闘に入る少し前、フォルセティたちが暮らす王国ではある異変が起きていた。異変というほどではないが、放ってはおけない事件だ。


 先述の通り、この国の名はミズガルド王国。数百年の歴史ある国家である。

 大陸全土に広がる神聖ラグナロク教を国教と定めており、その教義は法律にも反映されている。教会は国の中枢として機能し、敬虔な信者たちが国の重要な役割を兼務することも珍しくは無かった。


「魔力無しは異教徒」「魔力無しは神様の恩恵を受けていない」「魔力無しは忌むべき存在」

 これらの認識は、教会が幼い頃から国民に受け付けてきた、その賜物だ。


 もちろん王国というぐらいだから、政治は王家主導である。

 ただ、長い歴史の中で、いつからそうなったのか定かではないが、何をするにも教会の推薦、許し、神託が必要になっていた。

 例えば、軍隊の派遣、神聖騎士の採用、法律の改善、インフラ整備、はたまた王家の婚姻に至るまで、すべて教会の許しを得なければままならない。


 教会が権力を持ち過ぎることに異を唱える者も多く、貴族と教会が衝突することなど、これまで一度や二度ではない。そのたびに神聖騎士や、王家直属の近衛騎士が活躍してきた。

 だんだんと、王家と教会の仲が険悪になっていくのも、無理のないことかもしれなかった。


 王城と教会は隣り合わせに建立している。王城の隣に堂々と同じぐらいの規模の建物を建ててしまうこと自体、本来あり得ない。だが、ともすると王城よりも立派な教会の中には、その全貌を全て知る者はいない、というほどに小さな会議室がいくつも設けられていた。


 問題の事件とは、教会の中で普段あまり使用されていない小さな会議室で起きようとしていた。


「魔族と連絡が途絶えただと?」

「…はい、正確には新たな通商交渉のために出向いていたこちらの使節団体が途中で引き返す羽目になり…」

「一体何があったのだ…」

「わかりません。その者たちからの報告を待つばかりでして…」


 しばらく沈黙が続く。


「魔族は所詮あてにならぬのか…」

「…今はお待ちいただくしかありません」


 教会内だけであれば、階級はとてもシンプルである。

 トップに教皇を抱き、その下に四人の枢機卿がいる。さらにその配下に、大司教、各地に司教がいて、各教会には司祭が常駐している。

 神聖騎士団は、枢機卿直属である。噂では元ヴァルキリヤが在籍しているらしい。


 ヴァルキリヤとは神の血を引く女戦士たちのことだ。

 

 4人の枢機卿は、大臣職も兼務している。あらゆる国の象徴や公共機関を兼務している。世襲が慣例となっているがそうでない場合もある。もちろん直下の大司教たちも要職についている。


 本来、神聖騎士団も、近衛騎士団も、国のために存在し、王家がすべての指揮権を持っている。

 但し、採用や派遣に必ず教会の許しが必要となる。ここでねじれが発生する。微妙なバランスの上に成り立っている。


 ただ、ここ数年、それが全く機能せず、どういうわけか神聖騎士団の指揮権が教皇直下にあるような状況が続いていた。

 王家からの呼び出しに神聖騎士団が応じないという事例が何度も発生している。

 こういった件で、王家と騎士団の仲裁に入り、調整役として活躍しているのが、4人の枢機卿の1人で、どの貴族よりも力を持っていると言われているヨルズ卿であった。

 4人の中では1番経験が浅く、それでも次期教皇と言われているほどに優秀な人物である。とても頭が切れると評判だった。


 誰よりも国を想い、民を想い、騎士団たちからも信頼が厚く、王家や貴族たちからも信用されているヨルズ卿。先ほど魔族は当てにならないと懸念を示した会話の主である。


「ヨルズ卿、この件はわかり次第、報告が入ります故、何卒今はお待ちくださいませ」

「くどいぞゲンドゥル。まだ動くときではないというのは重々承知しておる。だが別で調査はさせろ。ガーベラたちを使って情報を集めろ」

「は!」


 青白い顔をした秘書兼補佐官のゲンドゥルがいなくなると、ヨルズ卿はワインの入った瓶を手にし、お気に入りのグラスに注ぐ。かなり雑な注ぎ方だ。

「もう少しだ、もう少しだというのに、なぜ邪魔が入る? この国のために誰よりも苦労してきたのはこの私だぞ。他に誰が何をして、何ができるというのだ!」


 まだ酔ってるわけでもないが、愚痴が溢れる。

 表向き、清廉潔白、かつ高貴な人物として誰からも尊敬されている彼だが、いつの頃からか、酒を飲み、愚痴を言い、多くの同僚を蹴落とし、賄賂を使い、謀略の限りを尽くすようになっていた。

 

 本人に生気を感じられず、ただ不気味である。まるで何かに操られているかのようだった。

 ヨルズ卿が瓶のワインを全て飲み干してしまうまでその愚痴は止まることがなかった。

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