第26話 古城へ
シロの背中の乗り心地は正直快適だ。
僕たちはシロの頭の上に乗っている。4人乗っても余裕がある。
鎌首を持ち上げ、移動のための動きはお腹より下をクネクネさせている。
やはり早い。
「なんか、今回の依頼、私たち、本当にラクしてますね?」
とミストさん。
「そう思うなら、今度モンスターが出てきたらミスト1人で頼むよ」
ウルズさんがそう言ってミストさんを揶揄う。
いつもならここでシグさんが参加してくるはずだが、シグさんは先ほどからぐっすり寝ている。ウルズさんが落ちないように身体を抑えている。
ただ、ほとんど揺れもしないので必要ないように思う。
「ちょっと勘弁してくださいよ。なんかフォルくんと一緒だと感覚がおかしくなるな〜ってことを言いたかったんですよ…。あ、もちろん私は喜んでますよ」
「そんなにおかしいですかね?」
独り言にしてはちょっと大きい声だったかもしれない。
「おいミスト…」
「え? 違う違う。パーティの戦力増強を純粋に喜んでいるんだってば。フォルくん、ごめんごめん。気にしないでね…」
ウルズさんとミストが急いで言葉をかけてくれる。
なんだか腫れ物に触れるみたいな雰囲気だ。
やはり僕はちょっとだけおかしいのだろうか。
「…内なる魔力を持たない魔力無しというのは、みんながみんな精霊から魔力を供給してもらうことで、古の精霊魔法が使えるようになるんですかね?」
『あるじ殿、それは違うぞ。精霊魔法とは、そもそも魔力を使わないんだ…』
「え? そうなの?」
「なるほど…」「魔力ではない?」
僕の問いに突然シロが答えるものだから、他の2人もつい返事をしてしまったようだ。
『あるじ殿は、万物の根源に存在する粒子、精霊たちに呼びかけるための、意志の力が強いんだよ』
「意識の力?」
『この世の現象には全て精霊が絡んでいる。万物の根源が動くから現象が発生する…』
「それじゃ、私たちも精霊魔法を使えるようになるのかな?」
ミストさんが興奮して尋ねる。
『無理だ。精霊たちと意志を通わせるためにはまず魔力を無くさなければならない。魔力は精霊たちを狂わす。あれは古のとある神の一つの能力に過ぎない…。そして魔力が無い者が全員精霊たちと通じるわけでもない。というか、それは…』
「え? とある神の一つの能力?」
ミストさんががっかりしつつも疑問を呈する。黙り込んで聞いていたウルズさんだが、
「…シロ殿、その話は今は止めるべきだと思う。今の私たちには難し過ぎるのではないか…?」
と少し咎めるように釘を刺す。
『…ククク、よかろう。其方に免じてこれ以上は語らないでおこう』
いや気になるけど…。
と僕は思い、やはりこれも後で聞くことにした。
『それよりもあるじ殿。少しだけ力に制限をかけておいた方が良いかもしれんぞ?』
「制限?」
『見たところ感情が昂ることで、自然と精霊たちを操ってしまうことがあるようだが…』
「…あ、まあ、確かに…」
『たとえば、言葉を発しなければ発動しないような「枷」を作っておかねば、と思ってな。でないと、あるじ殿が原因で大惨事が起きることもあり得るぞ…』
ちょっと身に覚えがあり過ぎるかもしれない。
「…呪文みたいなやつですよね。一応あるんですけど…」
スクルド姉、ロタ姉を冗談で作った呪文もどき…。あれ、少し恥ずかしいかもなんだよな…。
『もしあるなら我に共有してくれ。我がその呪を元に枷の役割を果たそう』
「そう? じゃあ…」
僕はいくつかの恥ずかし呪文をシロに伝える。
途中シロは、
『なんと! この呪文を考えた者は類まれなるセンスの持ち主であるな!』
と興奮していた。
僕はもしかしたら孤児院の姉たちと気が合うんじゃないか、と思い始めた。これなら紹介しても喧嘩にならずに済みそうだ。
それ以降もシロは、ぐんぐん進んでいく。
遠くに見ていた古城がどんどん大きくなってくる。
普通なら数日はかかったはずだ。
進むに連れて荒野の荒れ方が尋常で無いことがわかる。本来、渓谷や岩山などを迂回する必要があったはずだ。そうしていれば、相当時間をロスするのだが、
ドゴン。ゴガン。ボスボス。
シロはほぼ一直線、最短距離を行く。
途中を遮る岩山などまるで関係ないかのように突き進む。知らなかったのだが、口からなかなかの火力の砲撃のようなものが出せたようで、岩などは簡単に粉々になっていく。
ちなみにモンスターの気配はあるが、まるで襲ってくる様子はない。
『うはははは! 契約の恩恵かの〜、絶好調じゃ〜!』
なんか叫んでいる。
ちょっとテンションが高い。
「ねえシロ、なんかかなりテンション高いけど、古城に着いたらまた洗脳されたりしないよね?」
『…契約した我がどこまで抗えるか、だな…』
「抗えなかったら洗脳されちゃうの?」
『…かもしれぬな…』
「そんな〜、せっかく友達になれたのに…。じゃあその際はせめて苦しまずに消滅させてあげるね…」
『…元に戻してもらえると嬉しいのだが…』
「だって、またこっちを襲って来るかもしれないでしょ? 元に戻す方法とかわからないし…」
『…なあ、せめて強く命令するとかでなんとかなると思うのだが…。そちらが契約主であるから…』
「…そうだね、苦しまないようにするね」
『…なあ、消すのを前提にせずにだな…』
「えへへへ、洗脳されないと良いね…」
『あるじ殿、楽しんでいるのか?』
「心配しているんですよ〜」
僕がシロとそんな風に会話していると、
「フォルくん、神獣様をあまり簡単に消したりしないほうが…」
「と、とりあえず、洗脳には気をつけよう」
「魔族の暗躍という情報だけでもかなり助かりますしね…」
「うん、そうだな。せっかく乗せてもらっているし…。ね、フォルくん」
ミストさんとウルズさんがシロを気遣い、会話に割り込んできた。僕としては、人を驚かしては喜んでいる様子をそろそろ咎めようと思ったのだが、神獣様というのは、人々にとって崇めるべき存在なのかもしれない。
『…う、うむ。さ、さすがだな。さすが元ヴァルキリヤだ。うんうん…』
「ヴァルキリヤ?」
「! シロ殿…」
「あ、いや…。お、そろそろ古城近くだ。皆、準備は良いか?」
僕がジト目で見ているのがわかったのか慌ててウルズさんを持ち上げようとするシロ。ウルズさんが慌てて咎める。
全く誤魔化せていないシロのことをさておき、ヴァルキリヤという言葉が気になった。後で聞こう。
「もし古城に魔族がいるなら、そろそろこちらに気付きますよね? こんなに堂々と真っ直ぐに向かって良いんでしょうか? いや、そもそも周辺の荒れ具合を考えると、目立たずに行く方法が無いですね…」
シグさんが不安がる。
1人でぶつぶつと呟いている様子を見て、ちょっと気の毒になってきた。いろいろ不安なのはわかる。
「シロ、あの城って本当に魔族が作ったのかな?」
僕は話題を変えようと背中の上からシロに声をかけた。
「私、魔族自体、見るのも初めてかも…」
ミストさんが言えば、
「友好的じゃないって、最初から考えるべきですよね?」
シグさんが問う。
「神獣を洗脳してしまうような何らかの力を持っているわけだからな…」
先にいろいろと情報を入手できたと言ってもウルズさんすら不安を拭えないようだ。余計に不安を煽ってしまっただろうか。
「早く、王女様を探さないと、ですしね…」
僕の言葉に3人が頷く。今回いろいろあったが、到着間近だ。気を引き締めていく必要がある。
ズズズ。
その時、突然ヨルムンガンドさんが動きを止めた。
「どうした?」
と僕は心配してシロに聞く。
『…どうやら我はこれ以上行かない方が良さそうだ。やはりなんらかのおかしな波動が出ている…。装置の類か…。また操られる可能性がある…』
「…わかった。ねえ、みんなは大丈夫?」
3人を見る。
「大丈夫だが、確かに何か気持ちの悪い波動を感じる…。長居はまずいかもな…」
「…王女様、無事だと良いね、シグ」
「…うん」
3人とも様子が変わる。戦闘モードなのだろう。喋りながら武具を準備していた。
ウルズさんが代表してシロに話しかける。
「シロ殿、ここまででも十分です。本当に感謝します」
『おお、そうか。痛み入る。もし予想通り装置のようなものがあったら破壊してくれ。それから我も参戦する。契約したばかりのあるじ殿を失いたくないからな…』
「…そうですね。私も彼を失う訳にはいきませんよ」
『ククク…。あいわかった。それではどうかこの地の異変をどうか鎮めてくれ。頼んだぞ、ヴァルキュリアの末裔、そしてその戦士たちよ』
「「「はい」」」
みんな気合いが入っている。さすが高ランク冒険者たちだ。
ヴァルキュリアの末裔ってのは気になるけど、まあいいや。とにかく僕も気合い入れていこう。
それからシロは、なるべく近くから僕らを見守ると言って一旦姿を隠す。
僕らは残り一キロメートルぐらい先にある古城を目指し歩き始めた。
僕たちが近付いてくるのを古城の砦からずっと伺っている者たちがいた。隠れるつもりはないらしい。何やら数人がこちらを見ながら会話をしている。
〜〜〜Another Viewpoint (魔族たちの会話)〜〜〜
「ガジル様、こちらに近づいてくる冒険者たちがいます」
「…わかっている。今度のがどんな奴らなのかもだいたい理解している。…ところでヨルムンガンドはなぜこちらの支配から外れたんだ?」
「わ、わかりません」
「まあいい。どうせ何か強力なアーキテクトだろう…。人族に高度な魔法が使えるとは思えん」
「どうしますか?」
「ガーベラ様の命令もある。俺は変装して奴との接触を試みる…」
「…ということはやはり例の…」
「ああ、間違いない。…ところで魔王様は本当に現世に顕現されたのか? 捜索はどうなっている?」
「…申し訳ありません。情報が錯綜しており…」
「…そうか。…ままならぬな…。ガーベラ様から今日はまだ連絡ないんだよな?」
「はい…。というよりもここ数日連絡が付いておりません…」
「何かあった、…なんてことは、ないよな?」
「…まさか」
「だよな…。あの人普通じゃないもんな…」
魔族の中でそれなりの力と地位を持つガジルほどの男が今無性に胸騒ぎを感じている。
いわゆる嫌な予感、というやつだ。
見るからに矮小な人族のあの少年がこれから自分たちの邪魔になるようならば、今のうちに何としても排除しなければならない。
そう思えば思うほど、不安が増す。
「…ガジル様、スケルトンたちの準備が出来次第奴らにぶつけていきます」
「ああ、指揮は任せたぞ」
「御意…」
「どちらにしろドラゴンを倒す奴らだ。一筋縄ではいかないだろうな…」
「…使えるモンスターは全て投入いたします」
「そうだ。一切手を抜くな、そして容赦するな。何ならあの使い道のないお姫様も人質として使え。どんな手を使ってでもやつらを潰すぞ」
「は!」
それからフォルセティたちを待つこの古城は、魔族の要塞として彼らを迎え撃つことになる。ここに配備されているのはスケルトンだけではない。強力な魔法を使うリッチやワイトなどのアンデッドもいる。さらに数百のゴーレム部隊がおり、それらが組織として機能している。
通常、モンスターをこのように組織として使役することは、不可能と言われている。だが、この城の周囲に限り、まるで訓練された歴戦の軍隊かと思うほど、一糸乱れず整列している。
この城は、長年魔族の研究施設として重要な研究が行われてきた。モンスターを調教して使役する波動を発生させる装置の実験場として、かなりの成果を納めている。ヨルムンガンドもこの装置の影響を受けていたのだ。
現時点ではこの城とその周囲1キロぐらいが装置の有効範囲であり、ヨルムンガンドの場合、その行動範囲が広かったため、完全な精神支配には至らなかったようだが、いずれは大陸全土にこの波動を広げ、全てのモンスターたちのみならず、全ての生物を効率的に使役していくことを当面の目標としている。
その装置に名はない。人の精神に働きかける特殊な魔道具だ。
古の神々への信仰を復活させようとしている彼らにとって、切り札のようなものだ。
現在は、慎重に慎重を重ね、実験を繰り返している。
魔族が何を思って古の信仰を復活させようとしているのかは、この時点ではまだ不明と言わざるを得ない。
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