第25話 シロとの契約後

 ヨルムンガンド、いやシロと契約してすぐ、転がっているシグさんを起こすことにした。


「…あれ? 私、どうして…。あ、大蛇は! 大蛇はどこ!?」

「え〜と、大蛇についてはひとまず問題ないかと…。うん。ほぼ今後も問題ない気がしますね…」

「え? どういうこと? ん?」

 シグさんはようやく僕の隣の女の子、シロに目がいく。

「…そちらは?」

 シロはさっきからニヤニヤしている。早く紹介して欲しい、というよりも早く驚かせたいのだろう。いたずらがお好きなようだ。


「こちらは、シロさん、です…」

「私はシロと云います。あるじ殿の契約精霊でございます。あなた様とは先ほどお会いしたかと思うのですが、何分一瞬のことでしたので…。お名前をお聞きしても?」

 無駄に優雅な雰囲気でスカートの端をつまみ、頭と腰を軽く下げる。どこの貴族様だよ、と突っ込みたいが、放っておこう。

「はあ…。え? いや、あれ? というか、その服装…」

 あ、そういえば預かっている荷物の中から適当に借りたんだった…。

「あ、すいません、事情が…」

「私、基本的に衣服を纏いませんので、どうしても人化すると、真っ裸になってしまうのです…」

「裸? え? 人化? …何、言ってるの?」


 シグさんは額を抑え、考え込んでしまう。

 実際相当混乱しているに違いない。なんか可哀想かも。


「…あ、ちょっと待ってくださいね。今説明しますので…」

 と思いシロに目を向けた途端、シロはとっても意地の悪い顔で口を挟む。

「ったく、あるじ殿のお仲間さんだと思って丁寧に接していましたが、とんだボンクラじゃありませんか…。ふ〜、あるじ殿、こんな頭の悪い娘はとっとと切り捨てた方が良いですよ…」

「…」

「ちょ、何っているのシロ、あ、シグさん、ごめんなさい。こちらは大昔の存在なのでちょっと常識がないかも、なんですよ。後で言って聞かせますので…」

 

 僕は慌ててシロを咎める。シグさんが混乱しているのが楽しく仕方ないのだろうか。ちょっと本当に性格が悪いぞ、こいつ。これ以上シグさんを怒らせたらパーティは解散になるかもしれないのに…。


「…ちょっと、待って。いろいろ情報が多くて、一度整理したいんだけど…」

「…ああ、そうですよね。ぜひぜひどうぞ。お待ちしておりますので…」

 

 その間にも僕はシロに注意する。


「シロさんよ、シグさんは冒険者の先輩でもあるんですからね。あまり失礼なことは言わないでください」

「あるじ殿の先輩? そうかそれは失礼した。だが、きちんと挨拶したにも関わらず、なんというか、自己紹介すらしてもらっておらぬのだが…」

「…そりゃ、いきなり驚くっってもんだよ。精霊魔法って古の失われた魔法とかなんでしょ? 契約自体もそうだけど、割と丁寧な説明がいるんじゃないかな?」

「おお、そうだ! 我が人の姿のままだからダメなのでは? そうだそうだ」


 そう言いながら、パッと全裸になるシロ。止める間もなく、大蛇へと変幻してしまう。


「…あ、あ、あ、あ、あ〜!」


 シグさんが、輪をかけて混乱状態になってしまった。


「さ、さ、さ、さっきの大蛇…」


 ガタガタ震えながら、かろうじて剣に手を伸ばす。だが、


『ほ〜、それを抜いたら我も友好的なままではいられぬな〜。フフフ』

「…シロ、あまり脅かさないで。シグさん、というわけでこの白い大蛇と契約したんですよ。どうやら古い魔法らしく…」

「…え? け、け、けいや、く…?」

「そうです。シロ、戻って」


 ブオン、という音と共にシロが女の子に戻る。もちろん全裸だ。


「はいはい、ちょっとお待ちを〜」


 そしてセカセカと服を着る。その服、どうやって保存しているの? なんて聞くのは後回しだ。

 おそらくシグさんの反応が面白かったのだろう。まだニヤニヤしている。

 

「シグさん、古城までの荒野はこのシロに乗っていくことにしたいです。これならすぐに古城まで到着できると思いますよ。もちろんウルズさんにも確認しますが…」

「…うん、わ、わ、わ、わかった…」


 シグさんは怯えながら無理矢理返事をする。仲間になって今が一番心の距離が開いた気がした。


 それから僕とシロとシグさんの3人は、森を出たところの野営地に戻ることにした。きっとウルズさんたちも戻っているに違いない。もはや僕だけではどうしようもないので早く戻って事情を説明した。


 シロが大蛇モードになってくれたので、僕たちは頭に乗り、あっという間に戻ることができた。蛇というのは割と素早い。


 途中、シグさんはずっと震えたままだった。時折こちらをチラチラ見て何か言いたそうだが、取りあえず黙ってくれている。

 ちなみにシロはどこかご満悦である。蛇モードでもそんな表情が見て取れたが、これは契約者のみにわかることかも知れない。

 とにかくあとは、ウルズさん、ミストさんになんとかしてもらおう。


 野営地が見えてくる。2人は大蛇の接近に気づいているようだ。野営地に戻っていたウルズさんとミストさんは、大蛇の接近を察知し、驚きつつも、戦闘準備に入っていた。


「…な、だ、大蛇!?」

 ミストさんの驚く声が裏返っていた。

「…これは? まさかヨルムンガンド? 存在していたのか!」

 さすがにウルズさんはその名前を知っていたようだ。


 すかさず僕は大蛇の上から「お〜い」と叫んだ。

 当然2人は驚いた。同時に、混乱したようだ。当たり前か…。

 僕の横には能面な表情のままのシグさんもいるのだ。

 何が何だか、という感じだったように思う。


「シ、シグ…」

 ミストさんの呟きにはいろいろと諦めた感じが含まれていた。


 僕たちは未だ警戒中のウルズさんたちの目の前まで来て、シロの頭から降りる。

 シグさんは僕が手を貸そうとするのを跳ね除けてミストさんたちの元に走り込んでしまう。

 

「え〜と、じゃあ説明しますね。おいシロ、戻って」

 ブオン。

「はいはい、え〜と服を着るんですよね…」

 慣れてきたのか、裸なのは一瞬だ。


「な!? あれ? …あ、それ私の服…」

「人化しただと? モンスターではないのか?」


 なるほど。これミストさんだったのか。うん。これは謝るべきだな。


「ミストさん、まずはすいません、服、お借りしました」

「いや、それよりも、何よりも…」


 答えたのはウルズさんだ。いつもの余裕のある様子ではない。武器から手は離さない。


「…彼女は、この地を守っていた、ヨルムンガンドと呼ばれている神獣です。精霊でもあるようです。この度僕と契約をしまして…」

「…契約!」

「な! 精霊と契約?」

「…」


 ミストさん、ウルズさんの2人は契約という言葉に反応しているが、シグさんは何故か僕を睨んでいる。さっきまで震えていた癖に…。


「うそ? すごい! え〜、大精霊、様と?」

「…ちょっと理解が追いつかない。そもそも精霊と契約というのは、どういうことだろうか?」

「そう、ですよね…。どこから説明したら良いか…」


 そもそも僕も仕組みがわかっていない。自分の力が古の精霊魔法だなんて未だ半信半疑だし…と困った顔でシロを見ると、


「ククク、愚か者どもめ。そもそもお主らに何を説明すれば良いというのか? これは神意かも知れぬのだぞ? 神意など、お主たちには到底理解できぬであろう…。あるじ殿は、恩人だ。魔族の仕掛けた洗脳を解いてくれた。さらに忘れられた古の魔法の使い手だ。魔族に何か仕返しをしたいと考えた時、あるじ殿の力が必要になる。この出会いも、そのあるじ殿の能力も、何らかの意味があるはずだと、我は思う…」


 と胸を張り、ぞんざいに話し出してしまった。

 威圧するような態度だったのでみんな萎縮してしまう。

 あの出会いは偶然のような気もするが、さすが長いこと生きている神獣さんは話を盛るのが上手い。

 僕は咄嗟に、


「え〜と、なんとシロさんは僕らを古城まで乗せてくれるそうです。早いみたいですよ」


 と、みんなの顔色を伺いつつ提案してみたのだが、


「な、神獣様を乗り物に?」

「それこそ不敬では?」

「…」


 と、驚かれ、呆れられてしまう。そして、シグさん、まだ黙っているよ。


「任せるが良い。あの魔族の古城には少し思うところがある故、なんなら壊すのを手伝っても良いぞ。クカカカカカカ…」


 なんだよ、その笑い方と思ったが、洗脳についてちょっと怒っているらしい。シロがそう言うと、


「…では、お願いしようと思うが、どうだ? 2人とも…」


 それから何やら僕とシロ以外の3人で話し合い、結局シロにお願いすることにした。

 ただウルズさんが、「ちょっと待って欲しい」と言うや否や、シグさんを僕とシロの前に引っ張ってきた。ちょっと怒っている。


「おいお前、いい加減にしろ。フォルくんに言うべきことがあるだろう?」

「…」


 シグさんは俯いていた。

 ミストさんも横に来てシグさんを突いている。


「ガキ」

「…うるさいわね」

「おい、シグ」

 

 ウルズさんは未だお怒りだ。


「…はい。あの、フォルくん…」

「え? な、なんでしょう?」


 シグさんが改めて僕を見つめる。ちょっと緊張するんですけど…。


「本当にごめんなさい! 私、昔から、魔力無しは忌むべき存在だとか教えられって…。フォルくん、いろいろすごいし、なんか混乱しちゃって…。あと、引っ込みつかなくて…」


 最後の方は小声だが、しっかり聞き取れた。

 シグさん、どうやら僕に謝るタイミングを探していたようだ。僕もちゃんと向き合うべきだったのかもしれない。


「あ、いや、僕もいろいろ黙っていたし…」

「ううん、フォルくんは悪くない。私、すぐに頭に血が上っちゃって…。本当にごめん!」


 そう言って、シグさんは頭を思い切り下げる。

 そもそも僕はそれほど怒っていない。

 むしろシロのことで迷惑をかけたと思っている。


「あの、本当に気にしないでください。僕も少しずつ自分の能力と向き合って、ちゃんと説明できるように勉強しますので…」

「…うん。ありがとう」


 というわけで、ほぼ一件落着だ。完全に打ち解けるのはもっと先だろうけど、まあパーティをやっていく上では問題ないと信じたい。

 それにしても魔力無しというのがここまで世の中で忌避されているとは思わなかった。

 孤児院での僕が、いかに守られてきたのかよくわかった。今度また仕送り頑張ろう。


 夜が完全に明けてしまった。

 僕もシグさんも休めるような精神状態ではない。

 僕たちは古城に向けて出発準備をすることにした。


「おお、そうそう、ウルズ殿であったな…。ちょっと良いかの?」


 出発前、シロが少しだけウルズさんと話がしたい、と言い出し、ウルズさんと2人で全員から離れ、2人だけの会話をしていた。途中、ウルズさんがかなり驚いていたので気になる。

 あとでシロに教えてもらうことにしよう。


 いろいろあったが、僕たちは移動手段を手に入れ、最短コースで古城に向かうことになった。




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