第22話 クエスト、そして黒い石
「すいません、出発遅らせてしまって…」
すっかり準備が整って待っていたウルズさん、シグさん、ミストさんたちに頭を下げて謝った。
でも3人ともなんだか優しい表情で変わるがわる僕の頭を撫でながら、
「よし、クエスト頑張ろうね」「フォルくん、ナイスだね」「気合い入れていくよ」
などと声をかけてくる。なんだか照れ臭い。
だが2人は、
「たださ。あの子たち、女神様から祝福されてないのかな…」
「見放された原因みたいなものがあるのでしょうか…」
と小声で話している。『魔力無し』であることがこの世界でどういうことなのか、少し理解できた。
そして僕らは森へ向かった。
前回よりも長い長い道のりのクエスト開始だ。
「よし、馬車はこの辺で引き返してもらうぞ」
「うっす、あとは歩きすね」
「あ〜、めんどい〜」
ウルズさんの声かけになんだかんだと言いながら荷物を馬車から降ろし、動きやすいようにまとめる。当然僕の魔法袋が大活躍だ。
「じゃあ皆さん、いきましょう!」
なんとなくテンションの高い僕の一声で森の奥に歩き始めた。
最初の方はそうでもなかったが、奥に行けば行くほど凶悪なモンスターが目白押しだった。
前回はあのレッドドラゴンの影響で他のモンスターが逃げていたようなのだが、あれがいなくなった途端、他のモンスターが増え始めた。
きっと抑止力になっていたのだ。
特にやっかいなのが状態異常を付与してくるマンティコアやバジリスクだ。マンティコアの尻尾からの矢には毒が混じっており、バジリスクの攻撃は魔法も打撃も強力だが、それに加え、噛みついてくる。
唾液に石化の効果があり、噛みつかれたり、涎が身体に付くと、石化してしまう。非常に面倒だ。
そして目の前には、またマンティコアが現れた。やはり出現率が高い。
「じゃあ行くよ。ミストは下がって。フォルくんは私と一緒に前衛ね」
主にシグさんが指示を出している。ウルズさんは後ろで見守っているだけだ。
ウルズさん曰く、それぞれの動きをお互いに見て、今後連携していくための動きを研究しろ、とのことだ。
こういう時、シグさんはリーダーシップを発揮し、的確に指示を出す。
僕はもっぱら囮役に徹していた。
敵の前であっちこっち動き、相手を威嚇する。
ちょっとした魔法もどきの火だとか氷、風刃などをちょこちょこぶつけてやれば、ものすごく凶悪な目でこちらに襲いかかってくる。
万物の元である量子の世界では、あらゆるものが振動している。
究極に速く動かせば炎が現れ、遅くすれば凍ってしまう。魔法とは少し違った原理だが、僕は自分の能力をフルに使って2人を援護し続ける。
途中、
「…属性、いくつあるの? なんか魔法学の基本から逸脱しているような気が…」
とミストがぶつぶつ言っていたが、気にしないことにした。
僕はなるべくモンスターたちが嫌がりそうなことをして、シグさん、ミストさんが攻撃しやすいように隙を作り、ミストさんが最後に仕留める。
この流れがしばらく続く。
ちなみに僕が作ってもらった武器は剣なのだが、とても細く、刃先が反り返っている。
片刃で厚さもかなり薄い。武器屋曰く『刀』と呼ぶらしく、遠い東の果ての国に伝わる、かなり殺傷能力の高い武器だとか…。
「フォルくん、ごめん逃した! そっち向かった。なんとかなる?」
「はいは〜い、動けなくしますよ〜」
僕はシグさんの意図がわかり、マンティコアの足をスパン!と切りつけた。綺麗な断面が出来上がり、足が飛んでいった。
確かに切れ味が異常だ。
僕は切る際、相手の細胞のもっとミクロな世界の結びつきを滅殺、根絶、消滅させてしまうイメージで振るっているので、細い刀身が対象を通り過ぎる速さなどが理想的だった。
「さっすがフォルくん! ミスト今よ!」
「オーケー、ナイスだフォルくん! ええい!」
ミストさんが雷系の魔法を放つ。さっきからなにやら詠唱ぽいものを唱えていたが、割と複雑な術式らしい。とんでもない威力の雷撃が一瞬でマンティコアを貫く。
ガゴ…。バタン。
図体の割に小さな断末魔でそのまま黒焦げになって倒れた。
「よし。お前ら、なかなか良い連携だったぞ。ただな、ミスト、…黒焦げはないだろ…」
遠くにいたウルズさんが声をかける。1回戦闘が終わるごとに少しずつ悪いところなどを注意してくれる。だいぶ連携が取れるようになってきたようだ。
この武器、そもそもウルズさんが選んでくれたのだが、どうもロタ姉が好んで使っていた剣とよく似ていた。僕の戦い方や剣筋がロタ姉に似ているからと、ウルズさんが注文してくれたのだ。
しばらく使用して思ったが、確かに僕の能力や戦い方に合っている。
武器屋の店主曰く、
「これ、まだ完成してないよ。魔石なんかを入れ込んで機能を増やすこともできるからさ。メンテの時ぜひ相談してね」
相当な切れ味らしく、武器自体凶悪なものになってしまったとのことだが、まだまだこれから凶悪になっていくらしい。
さてその後も討伐は続く。
先を急ぎたいが、モンスターの種類が増えてきた。
マンティコア、バジリスクだけでなく、ヘルハウンドのような4本足、マンイーターやブラックパイソン、ミノタウロス、オークなんかも出現し始めた。
同じ地域にこれほど別の種類が存在することはあまりないらしい。
かなり異常自体とのことだった。
「…スタンピートがあるかもな。それにしては種族がバラバラだが…」
「あと、なんか色が…」
「亜種、なんてこともあったり…」
ウルズさん、シグさん、ミストさんが会話している。もちろん手を休めたりはしない。指示なども的確だ。
トドメ役が回ってくることもあった。シグさんやミストさんが上手に誘い込み、横だったり後ろからトドメを刺す。
どうにも難しい場合は、ウルズさんが雷のスタンを効かせて相手を動かなくしてからトドメを刺す、なんて場面もあった。
1体ずつならほぼ同じような戦い方でなんとかなるが、3体以上で現れると、苦戦する。モンスターたちが思いがけない動きをすることがありこちらの対処が遅れてしまうのだ。
なのでトドメはウルズさんの雷系上位魔術であるトールハンマーで片付けることも多くなってきた。シグさんもミストさんもだいぶ疲れているようだ。
「さて、だいぶ奥まで来たな。今日はこの辺りで野営をしようか」
「セーフエリアがあるんでしたっけ?」
「…うわ〜い、休憩だ〜」
「ミスト、情けないよ」
「私はシグのようにゴリラ女ではなく、普通のか弱い女子なので…」
「ああ?」
喧嘩をするほど仲が良い、というのは本当だと思った。
2人が戯れ始めると、
「おいバカなことやってないで準備するぞ。フォルくん、もう少し先で荷物頼むよ」
ウルズさんがため息混じりに2人を仲裁する。
僕はセーフエリアだと言われた場所で荷物を出す。
「ここ、雰囲気が違ってる…」
「へ〜、フォルくん、わかるのかい? こういった森にはね、ところどころに大昔の神様なのか何なのか、モンスターが近づけない場所が存在するんだよ」
「へ〜」
空気が澄んでいた。
聖なる場所、と言われたらそのまま信じてしまいそうな場所だ。
「テント、幾つにします?」
「薪拾ってきた方がいいですよね? フォルくんも薪拾いしよ〜」
シグさん、ミストさんは慣れているようで、テキパキ動いていた。
僕も2人を見習って準備を手伝う。なんかキャンプみたいで楽しい。
「あまりこの辺から離れないようにね。セーフエリアについては謎が多くて、どこまでが安全か正確には分かってないんだ…。まあフォルくんなら大丈夫だと思うが、気を付けて。ミスト、頼むぞ」
「はい。大丈夫です」
「おまかせ〜」
僕が楽しそうにしていることがわかったのだろう。ふわふわしてどこか遠くに行き過ぎないように釘を刺された。
僕はセーフエリアの空気を感じながら、ブラブラと歩き回り、薪を集める。
「大きめの木を伐採して、細かく切り刻んだほうが早そうな気もするんですが…」
「フォルくん、やたらと自然を破壊しちゃダメなんだよ。生態系崩れると結局私たちの生活に影響が出るんだ…」
「なるほど。了解です。そしたら僕はもう少し奥に行ってきますね」
「わかった。でもあまり遠くはダメだよ」
まだまだ薪が圧倒的に足らないので僕は奥を目指す。なんとなくだがまだここは全然安全という気がしていた。
そのうち少し開けた場所に出る。
木々の枝が伸び、葉が生い茂っていて、それらが屋根を作り、光があまり入って来ない空間だったが、確かに草木が何も生えていない3メートル四方ぐらいの場所に、黒い石でできた塔が建っていた。
塔と言っても僕の背よりだいぶ低い。少し斜めになっていてそのうち倒れそうだ。
「なんだこれ?」
何気なく呟くと、その石の上に小さな薄明るい光の渦が集まり始めた。蛍のような虫かと思ったが、そうではないらしい。
『原初の、根源の精霊たちを従ふる者よ。真に魔を統べる者よ。其は現世を根絶する簒奪者なりか? 其は混沌を呼び覚ます古の厄いなりか? 我願わくば束の間の安寧を欲する。我切に平穏を願う。其いづくんぞ常に滅界をまねきしからむ…』
光の渦が話しかけているらしい。驚いたが、ここがセーフエリアとして機能しているのは、きっとこの光の渦が関係しているのだろうと直感で思った。ところどころ意味不明だが、この聖域を守ろうとしているのだろう。
神聖であるのは間違いない、気がする。
「あの〜、邪魔して申し訳ありません。僕はそんなに大層な者ではなく、お世話になった人たちに恩返しをしたいと考えている者でして、今日はたまたまこの近くで野営させてもろおうと考えておりまして…」
思わず、言い訳的な感じで弁解していた。なんとなく丁寧に接するべきだと考えたからだ。
この場所は、人が犯して良い場所ではない。
強くそう感じた。
黒い石からはまだ何か伝わってきそうだが、
「お〜い、フォルくん、もうそろそろ戻るよ」
と、ミストさんの声かけで途切れてしまった。
「は〜い、今行きます」
僕は返事をし、黒い石にお辞儀をしてその場を去った。去り際、光の渦は消えていた。
よくわからない何かだったが、とても不思議な体験だった。
その後僕は初めての野営に興奮しっぱなしだった。
交代での見張りは、ウルズさんと僕の2人が最初で、シグさんとミストさんが後だ。
夜遅くなってもモンスターの気配はない。火を絶やさないように番をするのが今回の見張りの勤めだ。セーフエリアでない場所では、モンスターが襲ってくることもあり、今回の野営が特殊だということを教えてもらった。
その他冒険者としての経験談をウルズさんから聞かせてもらった。さすがにベテラン冒険者だ。話が面白い。有意義な情報も多かった。
夜が更けていく。
「…どう疲れてない?」
「そうですね、なんか楽しくて…」
「ははは、まあ今日も活躍したね」
「ありがとうございます」
「明日、おそらくもう一度途中で野営することになるけど…。2人にもフォルくんの能力について話しておこうと思う」
「…そう、ですね。まあ、パーティーメンバーですもんね」
「まああの2人ならおかしなことにはならないから…」
「はい。そのあたりは信じてますので…」
本音だ。僕の能力を2人に伝えたところでどうということはないだろう。2人なら受け入れてくれる。そう信じたい。脳裏に出発前の親子のことが浮かんだが、すぐに頭を横に振る。
まだ短い期間だが死戦を一緒に潜り抜けた、という経験が何らかの自信につながっていた。
そんな感じで夜も更け、交代となる。
さすがに眠くなり、僕はあっという間に眠りについた。
僕はその日、最後まで、さっきの黒い石の周りで起きた出来事について、話す気にしてはなれなかった。
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