第21話 垣間見た歪み?

 ギルドで報酬をもらった。


 報酬について、僕はかなり甘く見ていた。というか僕の金銭感覚からすると、もらい過ぎではないかと思うくらいの金額を提示され、それを普通に受け取るメンバーたちに、もはや畏怖の念すら覚えた。


 あまりの多さに感動してしまい、迂闊にも涙を流してしまう僕。


「ん? どうした? 足らなかったか?」

「仕方ないよ、でも多いほうだと思うよ」

「あ、武器とか作っちゃったからかな」


 3人とも心配してくれる。僕は3人の手を取り、


「違うんです、僕、あんな大金、見たことなくて…。嬉しいんです。これで孤児院にちゃんと仕送りできます。本当にありがとうございます!」


 とにかく気持ちを伝えた。しばらく黙っていた3人だが、


「あ、ああ、そうか、良かったな、うん」

「そうね、がんばったもんね、アハハ」

「うん、フォルくんは良い子」


 もらい泣きなのかちょっとだけウルウルさせながら三様に言葉をかけてくれた。

 本当に心根の優しい人たちだ。決して笑うのを堪えてお互いにお尻をつねりあってた訳ではない、と信じたい。


 そしてギルドを後にする。

 新たな依頼のためにまた馬車をアテンドする予定だ。

 今度は僕も馬車のアテンドのやり方を教えてもらうことになった。


 馬車のターミナルとも言うべき広場がある。

 広場はロータリーになっていて、番号が降ってある。


 大きな馬車は、ある程度行き先が決まっていて、何人も乗り合う。馬2頭で動かすタイプがほとんどで、交代用にもう2頭並走する。御者も2人から3人いて交代するら

しい。


 ロータリーには、1番乗り場は辺境都市行き、2番乗り場は温泉街行き、など、看板が立っている。どうやら道順も決まっており、途中下車は交渉次第ということになる。

 護衛を雇っている大所帯もいた。

 

 周囲には出店などもあり、市場のような賑やかさだった。


 僕たちが手配すべきは、自由下車でき、現地近くで待ってくれるチャーター便だ。乗り合いよりも費用高だが、目的地近くまで送ってくれて、帰りもどこかで待っていてくれる。冒険者御用達と言っても良い。


「混んでるね…」

 広場に到着してすぐウルズさんがそう呟くが、

「おお! ウルズさん毎度」

「今回はウチを雇ってよ」

「何言ってるんだ、今回はうちの番だよ」

 とすぐにあちこちから声がかかる。

 御者の人たちから大人気だ。


「ハハハ、フォルくんのための交渉の練習に、と思ったが…」

「…なんだかすごい人気ですね」

 

 交渉する前に手配できてしまいそうだ。結局「時間がもったいないか」と言いながら、ウルズさんは適当な馬車にお願いすることにした。

 僕はだいたいの総版を理解し、中の広さを確認する。


 だいたいチェックを終え、目的地と帰りについてウルズさんが話している。

 僕はふと、遠くの乗り場で何やら人だかりができているのを見つけた。

 遠くからでもわかるほど、揉めているらしい。


「ウルズさん、ちょっとあっち見てきて良いですか?」

「ん? ああ。いいけど、もうすぐ出発するからね」

「はい」

 

 僕はどうしても気になり、その人だかりに向かった。


「…父上、どうか、どうかお願いいたします。隣町の病院まで、いえ、せめて峠を越えるまでで構いません。薬さえ手に入れば姉も私もまたすぐに働くことができます。どうか…」


 8歳ぐらいの子どもが一生懸命頭を下げている。隣には青白い顔の女の子が同じような感じで座っていた。

 その子どもたちがいわゆる土下座しながら頼み込んでいるのは、裕福そうな商人風の男だ。折檻されながらも懸命に耐えている。

 父上、と呼んでいなかったか?


「どうかお願いします…」

「いい加減にしろ! お前らみたいな役に立たない子どもたちなんか、さっさと売ってしまえば良かった…、この魔力なしが! タダ飯に国からは罰金まで…。お前らなんか死んだ母さんが不貞でもしてできたんだろ」

「…違います。母上はそんな人じゃありません! それは訂正してください」

「うるせえ!」


 商人風の男はあからさまに嫌な顔をしている。

 子どもの隣には、その子の姉と思われる女の子がゴホゴホ言いながら、青い顔をして一緒に座り込んでいる。目の焦点が合っていない。

 周囲の大人たちがヒソヒソ話している声が聞こえてしまった。


「くそ、なんで俺の子が魔力無しなんだ、ちくしょう…、これじゃあまともに仕入れにすら行けねえじゃねえか…」


 商人男がぶつぶつ呟くのを周囲の人は、


「…魔力無しの子どもか…。よく今まで育てたもんだ…」

「とっとと売ってしまえば良かったのに…」

「売れねえだろ。罰金制度もあるし…。あいつ商人ぽいから金でなんとかしたんだろうな…」

「ああ、でも魔力無しが家族にいたんじゃ、結局全部ダメになっちまう…」


 と口々に呟き、誰も子どもたちを助けようとしない。


 そのうち男の子は泣き出してしまい、

「母上は、母上は…。うわああああああ…」

 とうわごとのように口にする。


 だがそれが余計に商人男の癇に障ったらしい。


「いちいち逆らうな! この魔力無しが!」


 と商人男は叫びながら、子どもたちに折檻し始めた。さっきより激しく…。


「やめてください! やるなら僕だけに…、姉が、姉が死んでしまいます! うっ、あっ…」


 弟は必死に姉を庇う。だが、身体が小さいので庇いきれていない。


 ドカ! ボコ!


 折檻は続く。およそ子どもに振るうような折檻ではない。姉の方は意識がなくなりそうだ。


「痛っ、うっ、…どうか、…お願いします、お願いします…」


 弟も殴られ過ぎて意識がなくなりそうだった。気丈に姉を庇おうと頑張っている。周囲の大人たちは誰も助けない。笑っている人もいる。なんだろう、これは?


 正直僕はこれ以上見ていられなくなった。


「…いい加減、みっともない真似やめてもらえませんか…」


 この商人風の男だけでなく、周囲の大人たちも驚いてこちらを見る。


 明確に助けたいとか思ったわけじゃない。この光景を見続けることが、我慢できなくなっただけだ。魔力無しの子どもに折檻をし続ける商人男も、周囲の大人たちも、気持ちが悪かった。


「…自分の子どもになぜそんなことができるんですか?」


 極めて冷めた口調だったかもしれない。一瞬誰も反応しない。だが、見たところ僕もその殴られている子どもと似たような背丈でおまけに童顔である。すぐに商人男が反応する。


「あ? うるせえクソガキ! こいつらをどうしようが俺の勝手だろ! 他所のガキにとやかく言われる筋合いはねえ! どっか消えろ!」

「…それ以上やったら、その子たち、死にますよ」

「はあ? それなら願ったり叶ったりじゃねえか。魔力無しがどうなろうと、この国じゃあ罪にも問われねえ! あ、そうか、殺しちまえばいいのか! …ハハ」

「…狂ってる」


 周囲が静かだったせいか、最後の一言が辺り一体に聞こえてしまった。僕はそれでも良いと思った。


「んだと、クソガキ。もう一回言って見ろ!」


 商人男がついに僕の方に向かってきた。ちょうど良い。このふざけた生命体にあの子らの痛みを少しでも知らしめてやろう。

 商人男が殴りかかってくる。なんてゆっくりなんだろう。あまりにものろい。まず腕を吹っ飛ばしてやろう…。


「待て!」


 そこにウルズさんが割って入る。剣を抜いていた。当然商人男はビビって止まる、どころかみっともなく転ぶ。

 周囲の大人たちがまたヒソヒソ囁く。


「おいあれって…」

「雷神のなんとかっていう」

「…やべえぞ、あの男死んだな」


 周囲の囁きが商人男にも伝わる。


「ひえ、お、俺は、俺はただ…」


 かなり怯えている。理事長先生の威圧ほどではないが、ウルズさんの威圧もかなりの迫力だ。


「ただ、なんだ? ただ、子どもを殴りつけ、ただ、うちのメンバーに喧嘩を売ったのか? 少し教えてやるが、私はS級のライセンスを持っている。独断で人を殺してもある程度許されるんだ。どうだ? 試すか?」

「ひえええええ…」


 商人男はかなり怯えてしまい、ガタガタ震えていた。

 僕は震えている商人男に音もなく近づき、


「おい。あの子ども達はいらないのか?」


 と聞いた。

 すると男は、すごい勢いで首を縦に何回も降る。


「ウルズさん、この子たち保護したいです。孤児院に連れて行っても良いですか?」

「…ああ、大丈夫だよ。私も行こうか?」

「いえ、大丈夫です。仕送りの件もあるので…」

「そうか、わかった。出発は戻るまで待つよ」

「ありがとうございます」


 それが僕は座り込んでいる男の子を無理やり起こし、今にも死んでしまいそうな女の子と共に回復の波動を施した。

 周囲から「おお~」と声がしたが特に見向きもせず、女の子を背負い、男の子の手を握って、「おいで」とだけ言って歩き出した。女の子は熱があるようだ。男の子は下を向いたまま何も言わず、僕の手を握っている。


 無理もない。血のつながった父親から目の前で「いらない」と言われたのだから…。背負った女の子がうわ言を呟いている。


「…父上、魔力無しで生まれてきてしまい、申し訳ありません…、魔力無しで…」


 そんな感じの言葉をずっと呟いていた。


 その後僕は孤児院で事情を話し、子どもたちを保護してもらうように頼み込んだ。途中理事長先生が、


「また食い扶持が増えるんかい?」

 などと言っていたが、子どもたちには、


「今までよく我慢してきたね。まあ人手は足らないんだ。ここで何ができるか見極めながら働き口でも探そうかね…」


 と、優しい口調で頭を撫でていた。さらに姉の方の病気をスクルド姉に診させてある程度治療の方針を立てていた。スクルド姉ならきっと治してしまうだろう。


「スクルド姉、ロタ姉、よろしくね」


 僕がそう言うと、スクルド姉は嬉しそうに「まっかせなさい! そしてフォーちゃんは戻って来なさ~い」と言い、ロタ姉は「よし! そのクエストは私が同行してちゃっちゃと終わらせよう」などと言い、2人して理事長先生に怒られていた。

 平常運転である。


「あと理事長先生、これ。少ないけど足しにしてね」

「なんだい?」

 先ほどギルドでもらった袋をそのまま渡す。理事長先生は中を見て固まっていた。


「じゃあクエスト行って来ます!」

 僕は元気に挨拶して、またウルズさんたちの元に戻っていった。


 後ろから「うお~、なんじゃこりゃ! フォル坊を冒険者にして正解だったぞ!」と理事長先生が大声で叫ぶことが聞こえてきて、思わず笑ってしまった。

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