第19話 悪の親玉

 ぐっすり眠ってしまった。途中、ガチャガチャとドアの音が聞こえたような聞こえなかったような気もしたが、疲れていたせいか泥のように眠ってしまった。お陰で朝はすっきりだ。


「フォルくん、朝だよ。ご飯できてるよー」


 ミストさんの声だ。


「はい。ありがとうございます。今行きます」


 なんだかホッとしたような声が聞こえてきた気がする。僕は着替えもせずにそのまま部屋を出た。部屋の前にミストさんがいて「おはよう」と声をかけてくれたので僕も「おはようございます」と答えた。


ミストさんは今日も妖精のように綺麗で、朝だからか透明感満載だった。

 食堂に皆揃っていた。朝の挨拶を済ますと皆席についた。僕はなぜかその家の主人が座るような席に座らされてしまう。


「あの、僕はここで良いのでしょうか?」


 だがそれにはメイドさん始め、誰も答えず食事が始まった。考えてみると、この席は皆の顔が見えて良いかもしれない。悩みごとなんかにはすぐに気付けそうだ。

 食事中ウルズさんが話しかけてきた。


「昨日は悪かったね。つい昔を思い出して…」

「ブッ、…いや、こちらこそすいません、やっぱり恥ずかしいというか、その…」

「すぐ寝てしまったようだが…」

「はい。いろいろ疲れていて…、あ、すいません、そういえばミーティングでしたね」

「いや、大丈夫だ。概ねは決まっていて意思確認のようなものだから」

「はあ…」

「今日、少し装備を整えたら報酬を確認してすぐに次のクエストを受ける」

「そうっすね、昨日みたいに見てるだけとかは嫌かもですね」

「フォルくんに連携とか見てもらうんですよね?」

「そうだ。今日からは連携とか、もっと冒険者の基本部分を覚えてもらう」


 うん。これだこれ。なんか冒険者っぽい。気合い入れよう。

 確かに僕は連携とかに慣れていない。この先自分一人ではどうにもならない敵が現れた場合、こういった連携に慣れておいたほうが良いかもしれない。


「ぜひ、ぜひよろしくお願いします!」


 僕は前のめりでそう言った。それぞれ温かい笑顔で頷いてくれたのがすごく嬉しかった。


 朝食後、さっそくギルドに行くのかと思ったが、そうではなく、まずは僕の装備を整えるらしい。

 ロタ姉からは「道具を選んじゃダメだよ。気合い入れたらなんでも聖剣だからね」などとアドバイスされていたが、やはりカッコ良い装備は欲しい。

 

 ちょっと楽しみではある。能力を誤魔化すためにも有効ではないかと思う。

 例えば、魔剣。見たことないのでどんなものかわからないが、魔法を使えない僕がいかにも魔法で攻撃しているように見せられたら、なんて思う。


 魔法剣士なんて目指してみるのも良いだろう。そんな職業があれば、だけど…。

 

 とにかく最低限必要な道具とか、戦い方に合った防具を揃えておいた方が安全とのことだ。全員がアドバイザーとして付いてきてくれることになった。


「フォルくん、剣についてはすでに注文しておいたよ」

「え? そうなんですか?」

「レッドドラゴンの素材を使った剣なんだ。かなりレアだよ。魔法との相性も良くてね…。もしかするとフォルくんの戦い方に合運じゃないかって思ったんだ」

「…なるほど」


 ウルズさんは、理事長からある程度説明されていて、事情を知っているはずだ。

 きっと間違いないものを注文してくれたのだろう。


「かなりカッコ良い剣になるよ」

「一応みんなのもあるからね。それぞれに合わせたからちょっと仕様が違うと思うけど…」

「…全く問題ないですよ」

「うん。私は杖ですよね?」


 僕はお礼を言った。

「あ、ありがとうございます!」

 

 昨日出会ったモンスターたちはドロップしたものも多かったらしく、何らかの耐性のある指輪とか腕輪などに使えそうな宝石なんかもたくさんあったらしい。

 それだけレベルの高いモンスターたちだったとか…。


「あとは防具とか、装備品だね」

 シグさんがそう言うと、

「うん、とても大事。おそろかにしないほうが良い」

 とミストさんも同意する。


「それについては実際に見ないといけないからね。今日はそれらを中心に見に行くよ」

 ウルズさんから声がかかり僕たちはさっそく出かけることになる。


「ところでウルズさん、剣とか防具って昨日の今日で用意できるものなんですか? やっぱり何日もかかるものなんでしょうか?」

「ああ、それね…。鍛冶屋さんとか道具屋さんはね、専門の魔法を使えるんだよ。だから余程のものでない限りすぐに用意してもらえるよ。防具はサイズとかが重要だからね…。レッドドラゴンの剣は1日かかるって言われてから今日の夜には仕上がってるはずだよ」 

 

 なるほど、興味深い。その作業の様子を見てみたい気もするが…。


「フォルくんは今のところ前衛だと思うから、防具はちゃんとしておかないとね」


 前衛専門の職業であれば、やはり鎧のようなものが必須になるし、後衛であれば魔法関連の威力や魔力そのものを増大させるような装備が良いと言われている。生命に関わる以上、サイズなども慎重に選ばないといけない。


「あの、ウルズさん、ちょっと相談があるんですけど…」


 あとはパーティメンバーであるシグさんとミストさんに僕が魔力を持っていないことを伝えるかどうかなのだが…。今後のために話しておいた方が良い気がした。もちろんウルズさんに相談して指示に従おうと思っている。

 

「それはクエスト中に伝えた方が良いと思ってる…。だから少し待ってね」

「…あ、はい。わかりました」

 ウルズさんがウインクしながら言うので、僕は少し照れてしまった。


「あれ? フォルくん照れてる?」

「うわ、ませてる、ませてる」

 さっそくシグさんとミストさんが僕を冷やかす。シグさんは同じ歳、ミストさんは一つしか違わないんだが、2人とも忘れてしまっているのだろうか。


「フォルくんかわいい!」「この、この」

 しばらく揶揄うのが止まらない。


 僕はため息を吐く。この童顔、と背丈、本当になんとかならないだろうか。


「師匠、フォルくんの防具、こんな軽くて大丈夫かな?」

「もっと丈夫なのって無いのかな?」


 防具屋さんでシグさんとミストさんが僕を心配している。

 僕はウルズさんに選んでもらった防具を試着して鏡の前にいた。

 実はお店の人がさっきから恐縮しまくっていた。


「…サイズがね…」


 最初選んだ鎖帷子とか金属の胸当てなどいろいろと試着して見て気付いたのだが、どうもサイズが合わない。

 最初、シグさんとミストさんは大爆笑していた。ウルズさんですらクスクス笑っていた。

 ただ、さすがに全てのスタンダードな防具のサイズが合わない、となってしまい、お店側の人も慌て始めている。


「すいません、当店ではお子様用の防具は扱いがなく…」

「僕は子供じゃありません! 成人しています!」


 途中、店員さんがそんなことを言ったため、僕は怒鳴ってしまった。ウルズさんも店員さんに一言言ったようで、それ以来、店員さんは申し訳無さそうにしていた。

 そして最終的に選んでくれたのが、今来ている革製品だ。


 胸、お腹、腕、足と全部分離しており、一つずつ装着するようだ。

 このほうが耐性効果のある素材を付けやすいらしい。

 何よりちょっとカッコ良い。

 実は気に入ってしまった。


「どうだい?」

 ウルズさんの質問に、

「気に入りました! これが良いです!」

 と僕は即答した。


 後ろで店員さんたちから静かな歓声が上がったことは聞かなかったことにしよう。


「あと耐性とかの組み合わせは私に任せてもらえるかな。一応考えておいたんだ。少し時間がかかるかもしれないから、ちょっと一休みしようか」

「はい」


 ウルズさんの一言で、僕たちは店を出て、ちょっとした広場の休憩スペースを見つけて話し合うことになった。


 何気ない雑談なのだが、いろいろなことがわかった。今まで僕が教えてもらっていた普通の魔力が、スクルド姉や理事長先生の5分の1ぐらいの魔力量というのは、間違っているらしい。

 理事長先生や孤児院の人たちと綿密に打ち合わせた、と言ったら、ウルズさんが頭を押さえて「あの人たちが異常だから…」と悲しそうな顔で教えてくれた。


 正確に測ったわけではないらしいが、スクルド姉うや理事長先生の魔力は、普通の人の100倍は軽くあるらしい。つまり僕は普通の人の4倍から5倍の量で受付に臨んだのだ。


 そして今更知ったのだが、ロタ姉は現役時代、赤い剣聖とかレッドソードとか二つ名があるほどに剣技の凄い人だったらしい。

 ある事件がきっかけで、その地位をすべて放っぽり出して孤児院で子供たちの先生をやることにしたらしいのだが、ロタ姉の名前を出したとき、シグさんの様子が変わったのはそう言う理由だった。

 今も憧れているらしい。

 ちなみにシグさんの赤い髪はロタ姉の真似をしているそうで、本当は綺麗な金髪だとか…。


 さらにスクルド姉に至っては、もともと聖騎士で、中でも神聖騎士というとても立派な騎士職に就いていたらしい。え? 誰のこと? と思ってしまったほどだ。

 女神のような回復魔法、補助魔法の威力は、組みする味方を必ず勝利させる文字通り勝利の女神だったらしい。聖女という二つ名があったそうだ。

 ミストが恍惚の表情を浮かべている。


「ロタさまの教え子…」「スクルドさまと身内的な?」

 二人がぶつぶつ夢心地で呟いている中、ウルズさんがさらに教えてくれた。


「もしかしてある程度は気付いているかもしれないが、フリッグ先生の経歴はもっとすごいぞ」

「そう、なんですか…」


 聞きたいような聞きたくないような、そんな気がする。


「まあ今は止めておこう。別にそれを聞いたから何か変わるわけでもないだろう」

「アハハハ」


 僕にとってはいつまで経っても愛すべき家族たちなので誇らしいだけである。みんなもうちょっとちゃんとしてほしいけれで…。


「ところで5分の1って言ったわよね? 実際はその5倍ということなのよね? どんな感じなの?」

「あ~、それについては次のクエストで私から説明する。いいね、フォルくん?」

 ウルズさんがそう言ってくれたので、

「…はい、そうですね、お願い、します…」

 と答えた。


「そ、そうか、じゃあ次のクエストでお願いね…」

「はい。ぜひ」

「期待してるよ~」

「はい、頑張ります」

 シグさん、ミストさんたちの期待に応えたいと思った。


 その後、装備が一通り仕上がったと、お店の人が呼びに来てくれた。

 仕上がりはさらにカッコ良い。全身黒ずくめだ。

「アハハハ、なんかフォルくん、悪役みたい~」

「うん。大人っぽいよ」

 シグさん、ミストさんが褒めてくれる。

 大人っぽい、という言葉、本当に嬉しかった。僕はその装備がかなり気に入ってしまった。


 ちなみに機能の説明も聞いたが、ちょっとすごかった。


 靴などは踵が3センチの高くなっている。背が伸びた感じがした。

 魔力的な保護や耐性は凄まじく、おまけでつけてくれたハーフコートに至っては、ある程度なら魔力を貯めておくことができるらしい。どなたかの有り余る魔力をストックしておけば、いざというとき便利だろう。

 

 最後に鏡を見る。

 満足そうな僕を見て、


「フォルくん、なんか決まってるね」

「うんうん。かわいい」

「抱きしめたくなる~」


 自分を見てちょっとだけ「なんか悪役の親玉みたい」と思っていたのに「かわいい」は無いだろう。せっかく浸っていたのに台無しだ。

 本当の大人らしさを纏うのは、まだまだ先のようだった。


 そんなこんなで僕たちはこのままギルドに向かった。

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