第15話 ドラゴンとの戦闘
そこに至るまで、相当数の魔物を倒したと思う。
「なんか魔力が尽きる様子がないんですけど…」
ミストさんがぼそっとそんなことを言う隣で、
「なんかすごい、なんかすごい、師匠、私は今夢の中でしょうか…」
とシグさんが騒いでいる。
ウルズさんはニコニコしているだけだが、たまに引き攣っている。
ただ、だいぶ慣れてきたのも事実だ。
そこそこ疲れてはきたが、まだ余力がある。
そろそろ大物と出会いたい、なんて思ったのが間違いだったのかもしれない。
突然、肌がひりつくような感覚に見舞われた。これが殺気と言われればそうなのだろう。魔力について全然わからない僕でも何らかの圧力を感じ、一瞬動きを封じられた。
それは、かなりの大きさだった。
他のモンスターのように叫んで威嚇するとかいきなり攻撃をしかけてくるとかはしない。まるで余裕があるどころか、知性があるような雰囲気だ。僕はその魔物を見上げる。そして感嘆する。
(すごい! これドラゴンでは? なんとキレイでカッコいいのだろう…)
全身が銅褐色とも言うべき赤黒い色で覆われ、2本の太い足で立ち、がっしりとした尻尾にはトゲが生えている。
そして雄々しい翼がある。
腕は足より短めだが、その手には強靭な爪が生えていた。
さらにその風貌。ロタ姉やスクルド姉が読んでくれた絵本や孤児院の図書室で見た物語の挿絵でしか見たことはなかったが、物語のすべてはこの風貌を見たからこそだろう。角や髭、牙、そのどれもがまさにドラゴンである。
「うん。大きいね。フォルくん、これが今回のクエストだよ。気合い入れようね」
すぐ近くでウルズさんがそう言いながら、僕の肩を掴む。僕は無言で頷いた。
シグさんとミストさんはいつの間にかかなり遠くに避難している。
ドラゴンと目が合う。なんとなくだが話しかけてくる感じがした。いや気のせいだろうが、もしかすると友人になれるかも、なんて考えてしまった。その次の瞬間、
ズザザザザザ!
突然その丸太のような尻尾をぶん回してきた。友人にはなれないらしい。僕はすぐに飛んで避ける。ウルズさんも余裕で避けていた。
「大丈夫か?!」
「なんてやつだ、ノーモーションで」
シグさん、ミストさんが遠くから心配そうに叫んでいる。
前衛というのは危険度が高い。今回それが分かっただけでもとても勉強になっている。
赤いドラゴンは、避けられたことが気に入らなかったのか、目が血走らせて、僕を追い込もうとする。足を上げて僕を潰そうとしたり、腕を振り回して僕を爪で切り裂こうとしたり、尻尾攻撃も織り交ぜてくる。大きい図体だがかなり素早い。
「頑張れ〜!」
「動きをよく見て!」
シグさんもミストさんも僕に声をかけてくれる。どういう意図があろうと、声をかけてくれるのは嬉しい。仲間とは良いものだ、とちょっとだけ感動した。
「さすがドラゴンさんですね…。身体を構成している粒子と波の絡みつきが他の生物とは全く違うような気がしますよ。何だかあなたを作り上げた存在はあなたをより完成した存在にしたかったのかもしれませんね。本当は友達になりたかったんですが、やっぱりダメみたいですね…」
万物には粒子と波の2つの側面がある。粒子が物として存在するためには、波としての蠢きが必要となる。ドラゴンさんを形作るそれらはドラゴンさんにとても忠実で僕からの呼びかけや投げかけをあまり受け付けてくれない。
強固な意志を持ってドラゴンさんという形を維持しているように見える。ドラゴンさん自体が自然そのものなのかもしれない。
「な、なんかフォルセティくんがドラゴンと会話している気がするんですけど…」
「…き、気のせいよね? もしそうならバケモノとして認定しちゃうわ…。アハハ」
シグさんとミストさんが遠くでボソボソ喋っている。僕、しっかり聞こえているんですけど…。
2人は会話を続けている。
「まあ、もしドラゴンが言葉を話すとか知性があれば、交渉して鱗とか譲ってもらうんだけど…」
「ええ? 討伐しないと私らAランクに上がれないよ。まあ、まずそんな個体に出会うことはないだろうね」
「昔はいたって言ってたけど、本当かしら…」
ミストさん、シグさん、そしてまたミストさんが、それぞれドラゴン談話を繰り広げている。何だか先ほどよりも落ち着いていた。
気を抜くべきではないと思うが…。
赤いドラゴンは、僕に全くダメージが無いことを不思議に思っているようだ。首を傾げている。
「そろそろブレス来るぞ!」
とウルズさんだけがちょっとだけ厳しい口調で言う。
「あまり気を抜くな。ヤツには魔法が効かん。そして鱗もかなり硬い。フォルくん、どうする?」
きっと僕がなかなか攻撃しないので焦れているのだろう。
「そろそろ切り込んでみますよ。ウルズさん離れていてくださいね」
僕の掛け声でウルズさんがさらに下がる。
「大丈夫か?」
心配そうにしている。
「任せてください」
僕はちょっとだけカッコつけてみた。
ウルズさんが「フフ」と笑っているのが聞こえてしまった。
「さて、ドラゴンさん。本当はあなたを切り刻むのはとても心苦しいのですがね。まあなんというか、これ試験みたいなものなので、すいませんが崩壊してもらいますよ。まずは右手…」
ブーン。
そんな音がしたと思う。ドラゴンさんの右手から右腕にかけてさらさらと崩れ、なくなっていく。
ギャアアアアアア!
痛みを感じるまで時間がかかったのだろう。可哀想だが、僕は次に左手側に僕の左手のひらを向けた。
ブーン。
今度は左腕がなくなっていく。
「な、何が?」
ウルズさんが焦った声を出している。
苦しそうにしているドラゴンだが、口を開け始め、その中がチカチカと火花に包まれていく。どうやらブレスを吐くらしい。
「じゃあ顎」
僕がそう言うと、顎が崩れ落ち、ブレスの熱量が口元からだらしなくこぼれ落ちる。溶岩の様な流れ方をする。
すでにドラゴンさんは声が出ない。目を見開き、その様子に驚いている。
流れ出ている溶岩のようなそれが僕を包み込もうとするが、僕の周囲だけ、それらが掻き消されている。
「ゆらゆらと蠢動し、揺らげ、晒せ、万物の根源。その波動、滅界せよ…」
僕は小声で呼びかけを数回繰り返した。万物の根源にじっくり話しかけるように、でも、有無を言わさない強い意志を持って…。
そして、高温の溶岩のような、熱を帯びたそれらの波動に干渉し続ける。
そうして、全てが消滅していく。
ドシャーン…。
ドラゴンさんが崩れ始める。
自然が何らかの形を作り、それが人の手で壊されていく瞬間だった。
人が安全の暮らしていくために、今赤いドラゴンさんは狩られようとしている。僕は最後に一言だけ言葉を結ぶ。
「…波動、滅界」
サラサラサラサラ…。
それまでドラゴンとして形作られていた、構成されていたものが、その波動が活動を止め、大気に溶け込んでいく。
呻き声も叫び声もない。ただ消滅していく。
「あ、あれって、魔法、よね?」
「見たことない…」
いつの間にか近くに来ていたシグさんとミストさんがなんだか呟いている。
こうしてクエストが達成された。
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