第14話 最初の一歩
打ち合わせというか、ウルズさんが決めていた通り、僕は前衛としてみんなの先頭に立ち、歩き進んでいく。真ん中にはミストさんとシグさん、一番最後にウルズさんだ。
馬車が止まったのは森の入り口のようなところだった。
中は少し暗い。その中を入っていくので最初は少し緊張したが、気を引き締めて入ってみると、木々の隙間から木漏れ陽が差し、風も程良く、空気がおいしく感じ、とても気持ち良かった。森林浴というやつかもしれない。心持ち和やかな気持ちになれるような気がした。
「魔素が濃くなっているな」
「気を引き締めていこう」
ミストさん、シグさんが皆に伝える。
気持ち良いですね、なんて間抜けなことを言わなくて本当に良かった。
次からは気をつけよう。
道が分かれているとウルズさんが声をかけて、右だとか左だとか指示を出してくれる。気を抜いているつもりはないが、やはり遠足みたいで楽しい。
30分も歩くと、少し開けた場所に出た。楽しいという雰囲気はなるべく隠したほうが良いだろう。
しばらくそのまま歩いて、僕はある気配に気づき、少し歩くスピードを落とす。
なんとなくだが近くに魔物の気配を感じる。索敵魔法が使える人ならもっと詳しくわかるのだろうが、おそらくかなり近くでこちらの様子を伺っていると思う。
僕がわかるのは、なんとなくの攻撃的な空気の揺らぎだけだ。
ちょうど少しだけ開けた場所に着いた。ここで皆に近づいている魔物らしきものについて情報を伝えたいと考えた。
「あの~」
「…さっさと歩きなよ」
「でも…」
「フフフ、怖くなったの? 前衛変わろうか~?」
そう言いながらシグさんは、僕を睨むのを止めない。
「いや、その茂みなんですけどね…」
「だからなんだよ! って、あ!」
グオオオオオオ!
大きな熊が突然立ち上がり威嚇してきた。せっかく茂みに隠れていたのに、我慢し切れなくなったのだろうか。赤い毛で覆われていて頭には角が生えている。
「レ、レッドベア…」「こんなところに…」
シグさんもミストさんも慌てている。ウルズさんはさすがに落ち着いている。
「わかってると思うがAクラスのモンスターだ。もうすぐAクラスのお前たちだが、気を抜くとやられるぞ」
「「はい」」
「そしてこれは前衛のフォルくんにやってもらう。他は手を出すな」
「「え?」」
しばらく呆けてから、
「それは無理ですよ」「死んじゃいますって!」
やはり二人とも心配してくれているのでは? だとしたらちょっとだけ嬉しくなる。
「あの、取り敢えずやってみますね」
「「え?」」
ちょっとここで良いところを見せておくべきだろう。威嚇だけでなかなか動かなかったレッドベアは僕が前に出たのを見て急に自分も前に出てきた。一番小さな弱そうなヤツが出てきたから喜んでいるのかもしれない。
ダダッ。
最初はゆっくりとだんだん勢い良く走り込んでくる。僕はゆっくりと手を天高く掲げる。手のひらは目一杯広げる。
小声で「その波動、滅界せよ」と呟き、その手を赤い熊に向けて、振り下ろした。波動の操作のための呼びかけだけでなく、魔法のような演出効果も忘れない。最初は丁寧にすべきだと思った。
ズバッ。
ただそれだけだが、なんとなく光が煌めいて、熊の身体に五本の指分の縦線が入り、そのままキレイに分割された。
僕としてはこんなもんかな、と思い、ちょっとだけ得意気に後ろを振り返った。
「どうでしょう? 断面は割とキレイな感じですが…」
「「「…」」」
ウルズさんまで黙り込んでいる。シグさん、ミストさんももちろん何も言わない。僕はレッドベアを見る。
(もしかすると破壊してはいけない部位があったのかもしれない。ここまでバラバラにすると売れなくなるとか…。とにかく皆の様子からあまり良い結果ではないのだろう。これは早く謝ろう…)
「あの、すいません、今度はちゃんとやるので、どのあたりを残すべきか教えていただければ…」
しばらくの沈黙後、
「す、すご」「すごい! っていうか、何の魔法? あの光は?」「うん、ここまでとはな…」
とシグさんとミストさんだけでなく、ウルズさんまで驚いていた。
「ま、まあ理事長先生から聞いていた感じよりもだいぶすごいな…。よくやったフォルくん」
ウルズさんが僕の頭をガシガシ撫でる。子ども扱いではあるがなんだか悪い気がしない。
「…あ、どうも、ありがとう、ございます…」
僕は照れながらお礼を言った。あれで良かったのだ。
それから僕らはどんどん奥に行くことにした。もちろん僕が先頭である。そしてシグさんやミストさんは徐々に僕への態度が軟化してきた。
「いや~、だからさ、なんつーか、コネだけでBクラスとかって思ったわけよ」
「私は最初から何かある、って思ってたけどね」
「あ? ミスト? あんたずるいわよ。素っ気ない態度取ってたでしょ?」
「私はあなたとは違うわ。ちゃんと実力を確かめてから、って思ってたから。ねえフォルくん?」
「なによ! そうやっていつもいつも良い子ちゃんぶって! ずるいじゃないか!」
「私はぶってでなく、良い子なのです。いきなり喧嘩腰のシグと同じにしないでください」
認めてくれたのは良いが喧嘩は止めて欲しい。
「ちなみに剣を教えてくれたお姉さんってのも強い人なのか?」
「…強いですよ。名前はロタって言うんですけど綺麗で優しいです。あ、シグさんと同じ赤い髪ですね」
シグさんが僕の剣筋が気になったみたいで質問してくれた。なんかこうして仲間との絆が築かれていくのだろう。僕は得意になって説明した。
「え?」
「小さい頃から手取り足取りですごく丁寧に教えてくれたんですよ」
「そういえばフォルくんの孤児院って…」
「ブリュンヒルデ孤児院ですよ」
「げっ…」「うっ…」
シグさんとミストさんが固まる。そして、
「ブリュンヒルデのロタって…」
シグさんは僕のほうを見ずにウルズさんのほうに顔を向ける。ウルズさんは笑いながら、
「…まあ考えている通りだよ」
「…げっ」
とウルズさんとのやり取り後、シグさんはまた、僕との会話を控えるようになった。「私、失礼なこと言ったかしら? 言ってないわよね。うん、大丈夫大丈夫」などとブツブツ言っている。なんだろう?
でも代わりにミストさんとの魔法談義が楽しかった。
「…フォルくん、その年でその魔法知識はすごいと思う。それにさっき無詠唱だったけど、イメージ力が尋常でないみたい。それに属性不明のあの光はなんなのかしら?」
「…あ、はは。あの光なんでしょう? 僕もよく分かってなくてですね…。そうですね。イメージについてはいろいろ工夫しています。師匠が良かったかもですね」
「そうよね、私も一つの魔法を習得するまで何回も先生たちに見せてもらって覚えたな~。ところでその師匠って…」
「ああ、スクルドって言う名前なんですけどね。姉様なんですけど、ちょっと甘え坊なところがあるっていうか、今度良かったら紹介します、よ?」
ザザザ。
今度はミストさんが全力で僕から距離を取る。
「…ブリュンヒルデのスクルドって、金髪聖女さまの?」
「え? 聖女さま? いや、違いますよ」
「え?」
「…ミスト、ちょっと来い…。あ、フォルくんはそのまま周囲を警戒していてね」
話の途中でウルズさんがミストさんを連れていき、何やら耳打ちをしている。さっきシグさんにもやっていた。
その後2人に大きな変化は無かったが、さっきからウルズさんが今度は剣でとか、今度は火魔法のみで、などと割と細かく指示をする。
そのたびに出てくるモンスターを僕が一人で倒していた。
これもテストのようだ。きっと倒すまでの時間や討伐後の痛み具合などをチェックしているのだろう。
あれからレッドベアが2回出てきて、剣で倒し、角の生えた大きな狼、ワーウルフの群れに関しては、断面が綺麗になるように工夫しながら、分解、滅殺、根絶を繰り返した。
一応、火だとか雷だとか、魔法らしい演出効果を入れるようにしている。あくまでもこれらが魔法によるものだと認識してもらわないといけないからだ。
さらにゴーレムもいた。ミスリルゴーレムという普通よりも固くてしぶといゴーレムだった。こちらも剣でと言われたのでその通りに対応したのだが、あまりにもスパンスパン斬るのを見て、少しだけ沈黙されてしまった。
僕としてはお金になる部位を残す戦い方を知りたかったのだが、今はとにかく僕のバラエティに富んだ戦い方を把握したいらしい。と言っても僕も初体験なのでよくわからず敵に突っ込んでいる。
今のところ僕の戦い方は、万物の大元である波の側面を持った粒子に働きかけるだけなので、斬撃とか砲撃のような物理に近いゴリ押しが多い。火や雷などの特殊効果については、おまけ程度だ。
熱かったり、ビリビリはするだろうが、それだけだ。
もっとスムーズに分解的な揺らぎを操作できれば、なんて思う。修行が必要だと思った。
後ろでシグさんやミストさんが放心していたり、ケラケラ笑っていることがあるので間違ったときもあるようだ。
きっとみんなはもっと上手くやるんだろう。僕はまだ最初の一歩だ。
やはりもっと精進せねば…。
そしてその日、さらに大きな魔物に出くわすことになる。
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