第8話 理事長先生に叱られました
「あ、あれってブリュンヒルデの…」
「やばい、あれって漆黒の災厄って呼ばれてる人じゃねえか…」
「…今日でここも終わりか?」
「いや、この国が終わるんじゃねえか…」
言いたい放題の外野に向かって一瞬だけ理事長先生が目を向ける。
ザザザザザザ。
凄い。蜘蛛の子を散らす、という瞬間を初めて見たかもしれない。
こうなると孤児院が何らかの理由で皆に恐れられているってのは本当かもしれないと思えてきた。
さっきのアインさんが恐る恐る声をかけてくる。
「…あ、あの…。すいません、ブリュンヒルデのフリッグさんとお見受けしますが」
「は? あんた誰だい?」
明らかに機嫌の悪い理事長先生が威嚇しながらアインを見る。アインは震えながらも気丈に答えようとするが、それよりも早く、ゴツいオジサンが横から返事をする。
「師匠、こちらはAクラス冒険者のアインですよ。頭のキレるヤツでして、ぜひお見知り置いて欲しいですね…」
「ほお、そうかい。アインとやら、天井にぽっかり穴が空いているのは、うちのフォル坊がやらかしたのかね?」
驚いた。理事長先生が優しい声を出している。やはりイケメンお兄さんの威力は凄いんだ。
アインさんはここぞ、とばかりに現状を正確に伝える。
「…いえ、実際に穴を開けたのは確かに彼ですが、こちらの勘違いがあり、フォルセティ君にはとても迷惑をかけてしまっています。ですので一概に彼の責任というわけでは…」
「あ? そうかいそうかい。じゃあうちのフォル坊のせいではないと?」
「え? あ、はい。どちらかというとこちらが…」
「そうかいそうかい。いや、あんた若いのに話がわかるね、じゃあこの天井の修理費用はうちで持たなくて良いんだね? いや、良かった良かった、なあ、シギベルトよ?」
理事長先生はそう言いながら満面の笑みでアインさんの肩をポンポン叩く。アインさんは顔を痙攣らせながら、張り付いた笑顔を浮かべながら眉間にシワを寄せているゴツいおじさん=シギベルトさんのほうを向く。そしてシギベルトと呼ばれたオジサンは大きくため息を吐いた。
たぶんだが、あのアインという人は苦労性じゃないかと思う。
そして理事長先生は結局僕の壊した天井の修理代を支払うのが嫌だったんだ…。イケメンが好きな訳では無いらしい。
なんというか、理事長らしい…。
「まあそれはそれとして、結局、何がどうしたらギルドの天井にぽっかり穴が空くんだ? 相当丈夫だぞ、ここは…」
シギベルトさんがアインさんに話を振る。
結局アインさんが事態を細かく説明してくれた。最後の方は省いてくれても良いのに…。シギベルトさんはこのギルドのマスターらしい。一番偉い人だ。だが理事長先生のことを師匠と呼んでいた。
理事長先生がまたしてもこちらにやってくる。僕はちょっとだけ怯える。孤児院時代から皆の共通の認識だが、理事長先生は絶対に怒らせてはいけない人だと言われていた。今それがよく分かる。
「フォル坊、それにしてもお前、孤児院出て数時間もしないうちに私の言いつけを守れないなんて、やっぱり冒険者は諦めるかね?」
それは困る。せっかく成人して立派な大人になるチャンスだ。
「ご、ごめんなさい…。でも、まるで話を聞いてくれなくて」
「話を聞いてくれなかったら手を出すのかい? それじゃああんたを外に出すのは危険と判断するしかないね…」
「…い、いきなりぶっ飛ばされて、つい、カッとなった、というか…」
「ぶっ飛ばされた? あんたがかい? 誰にだよ?」
僕はさっき手を切り飛ばしたガリオンのほうを指差した。ガリオンは現在回復魔法のできる冒険者たちから必死に処置を受けている。
瀕死の状態らしく、手がくっつくかもしれない、そうでないかもしれない、と頻りに周りが騒いでいる。
「…ふう、あんた、あれ治しておいで」
理事長先生が僕に命令する。
「え?」
「早くおし!」
「はい!」
そのまますぐにガリオンという冒険者の元に向かった。
僕が近づくと回復をしていた冒険者たちが勝手に退いていく。
「うぅ~、た、助けて、悪魔、悪魔が…」
ガリオンはうなされているらしい。悪いことをしたかもしれない。周囲の冒険者たちは怯えながら僕に言う。
「お、お願いだから彼を食べないで」
「頼むからこれ以上は…」
やはり腹が立つ。これから彼を治そうとしているのに、それは無いだろう。なんで食べるとか思うんだろうか…。
僕は理事長先生の顔を見た。睨んでいる。僕は慌ててガリオンに手を翳す。
「おい、あれは何を?」
「まさかトドメを…」
まだ何か言っている。
本当にこのままこの施設を全壊させて逃げようかという気もしてきた。
でも理事長先生が怖いので止めておこう。
幸い切断面は綺麗だった。先ほどまで頑張っていた回復魔法の人は意外と丁寧な仕事をしていたようだ。完全にはくっ付いてないが、途中までは完璧だった。
だがこれでは時間がかかる。それにお腹の横に穴が空いており、そちらから血が流れ続けている。
『生あるものには生を。傷つきし身体よ、ただあるべき姿に回帰せよ。エクストラヒール…(なんちゃって)』
シュオオオオオオオオン。
なんちゃって呪文である。超適当である。いかにも魔法で治したかのような演出を忘れない。
本来僕が傷を治す時は、量子レベルの波に意識を向けてくっついてもらうように働きかけるだけだ。
呪文など必要としない。お願いする、だけである程度は何とかなるし、魔力なんて必要としない。魔法で治療するイメージについては一度見せてもらえば良い。スクルド姉がいれば、大抵の魔法発動の雰囲気や状況は覚えられた。
ただ理事長先生が外で魔法を使うときは何でも良いから呪文を唱えろと言っていたのでスクルド姉がよく唱えていた呪文にアレンジを加えて、演出なんかを真似して言ってみただけだ。
そういえば、その他の魔法とかはスクルド姉とロタ姉が面白がって『なんちゃって呪文』をいっぱい作ったっけか…。
僕の身体とガリオンの身体が青白い光に包まれていく。これも演出だ。
「す、すげえ。…ヒールの最上級クラスか? 聞いたことない呪文だぞ。あいつすげえじゃねえか」
「俺、初めてみた。なんて暖かい光なんだ…」
(なんかみんな感動しているぞ。目立っちゃったかな…)
僕はチラッと理事長先生を見る。先生はこちらを見ながら苦虫を噛み潰したかのような顔をしていた。そしてしばらく後、ガリオンの左腕が完全に塞がる。
「おおー、すごい、こんな短期間で元通りにしやがったぞ」
「聖女さま並じゃねえか?」
相変わらず外野が煩い。理事長先生の顔が怖くて見えないじゃないか。
「こ、これは…」
ガリオンが目覚める。そして僕を見て、
「お、お前が助けてくれたのか?」
涙を流しながらそう聞いてきた。
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