第6話 魔力ゼロ

「やろう…、全く余裕ぶってやがる…。俺たちじゃ話にならねえってことか?」


 サブマスターさんは心無しかさっきより声が小さくなっている気がした。

 それにしても困ったものだ。

 これではいつまで経っても僕は登録できない。


「あの、僕はいたって普通の冒険者さんになれればそれで良くて、その、あまり目立ったりしたくないんですが…」


 とにかく誠意を持って伝えてみた。だがサブマスターの勘違いは続く。


「なんだと! こいつ、暗殺とかが専門なのか? 目立たずに事をなす気らしい。くそ、Aクラスたちはまだか!」


 どこまで飛躍するのかわからないが、この人たちはこんなんで大丈夫なのだろうか。

 なんだかいい加減頭に来たかもしれない。

 さっきから僕は決しておかしなことは言ってないと思う。ちょっとここの人たちは、人の言うことを聞かなさ過ぎる。いくら先輩方でもこれは許されることではない。うん、ちょっと怒ろうか。


 バン!


「おい、何事だ!」


 突然勢い良くドアが開けられ、一人のイケメンなお兄さんが入ってきた。聡明な雰囲気でメガネをかけているのだが、それがまた良く似合う。


「ああ、アイン!」「アインさん!」


 サブマスターと受付のお姉さんが見るからにホッとする。


「どういうことですか? これは?」


 サブマスターがアインさんというメガネのイケメンに状況報告をする。S級クラスの魔力を持った子どもが突然ギルドに押しかけていきなりランクを上げろと脅してきた、とかなり脚色を加えて間違った内容だった。アインさんは呆れて、


「子どもが? それでこんな騒ぎに? どうなっているんだ?」

「え? いや、新規の登録者が暴れるもんでよ」


 受付のお姉さんもコクコクうなづいている。えーと、暴れてないですよね…。


「この子がですか?」


 アインさんが首を傾げて周囲を見渡す。


「そうだよ!」

「そうです、その子は見かけと違って魔力がすでにAクラスもあるんです。属性も2つあります。あとブリュンヒルデ出身者です!」


 サガンという受付のお姉さんがここぞとばかりに僕のことを紹介する。


「ブリュンヒルデ? 彼が?」


 アインさんは僕を見る。この聡明なお兄さんも勘違いしまくるんだろうか。

 残念だけど、このギルドでの登録は諦めたほうが良いかもしれない。誰も僕の話を聞いてくれないのだ。


 人間、目先に理解不能なことが発生すると、会話能力がガタガタに落ち込むんだ、ということを初めて知った。これは勉強になったかもしれない。

 最後に一言ぐらいは言っておこうと思った。


「あの? なぜ登録に来てるだけなのにこんなことに…。僕は孤児院のブリュンヒルデ出身で、そのおかしな危ない機関出身ではないんです。そうやって何度も言ってるんですが…」


 ダメ元で言ってみた。


「…ん? 君は知らないのか? その孤児院は…」


 ドーン!


 聡明なメガネのイケメン兄さんが優しい口調で何か言いかけた途端、今度はもっと激しくドアが開けられた。蹴りながら開けたらしい。


「おうおう、どいつだどいつだ! この冒険者ギルドで暴れるとはいい度胸じゃねえか!」

「…ガリオンか、ちょっと黙っててくれないか? 今僕はこちらの少年と会話をしているんだ」

「は? アインよ、相変わらず冷めてるな、俺はギルドの一大事だって聞いたから来ているんだぞ!」

「一大事? たぶんそれは何かの間違いだろ? 職員の勘違いだ…」


 おお! なんとメガネのイケメン兄さんは状況を完璧に理解してくれている。捨てたもんじゃない!と感激した。が、


 ビューン!


 ガリオンと呼ばれた荒れくれ者的なお兄さんさんは問答無用で武器を構え、イケメン兄さんが喋っている相手、つまり僕にいきなり剣を振り下ろした。


「死ねゴラァー!」


 とんでもないスピードである。少し距離があったはずだが、何かが飛んできた。いきなりだったので僕は避けられず、まともに剣撃を受けてしまった。


 ズドーン!


 飛ぶ斬撃といったところか。たぶん僕の様子を見るための攻撃だ。それでも吹っ飛んだ僕は壁にぶつかった。勢いで壁が壊れかけている。

これ誰が直すんだろう? まさか僕じゃないよな…。


「な! バカが…」


 アインと呼ばれたお兄さんがあまりの暴挙に驚いている。


「は! 見ろよ、ガキのクセに粋がるからだ! ハハー、おい! これ報酬は言い値なんだろ? 全く楽な仕事だぜ」

「…さ、さすがガリオンだ」

「…で、でも、ちょっとやり過ぎじゃないかしら…」


 サブマスターも受付嬢サガンもちょっとだけ引いている。だが次の瞬間、この場にいた誰も信じられないものを見る。


 パンパンと衣服の埃を祓う。そしてゆっくりと立ち上がりながら、


「ふうー、なるほど、これが冒険者ギルド風の歓迎なんですかね? いいかげん頭にきましたよ」


 さらに埃がついた膝などをパンパンと叩く。僕はなにごとも無かったかのように歩き出す。


「あ? なんだテメエ? 無傷か? ほ、ほう、やるじゃねえか…」


 ガリオンが後退りながらも強がる。余裕がありそうなフリをしているが、実はかなり焦っているのがわかる。

 小声で「おいおい、俺は全力だったぞ、なんだこいつは…?」と呟いていた。僕は耳が良いのでそういうのが聞こえてしまう。


「さて、何回も言いますが、そろそろ僕も腹が立ってきましたよ。さっきから誤解だって何回も言ってるのに、誰も聞いてくれませんよね?」


 僕は一度深呼吸をする。ごく小さな声で『問いかけ』を始める。

 

 僕の周囲に黒い渦のようなものが蠢き始める。

 僕は周囲の粒子に意識を向ける。相当怒っていたので黒い渦になる。なぜ色が付くのか未だにわからないが、たまに感情によって色が変わることがある。

 今はそれが不気味で迫力があり、気持ち良い。とにかくギルドのこの状態をなんとかしたい。


 魔力感知に長けた人たちはこぞって眉を顰める。

 そうでない人たちも不自然な空気の振動に恐怖を抱く。

 振動というか揺れているのだ。全てが…。


 魔力感知できる人たちが眉を顰めたのは、魔力が全く感じられなくなったからだろう。


 理事長先生が言うには魔力の塊があまりにも濃いと視覚化できるらしい。

 僕の操る能力は万物の根源への働きかけだが、それら一連の動きも視覚化されることがある。


 僕はダミーの魔力を身体から消す。ダミーの魔力を消すと、身体中から魔力が全くなくなってしまう。


 孤児院で考えた万物への『問いかけ』の一つは「波動滅界」と呟くだけだ。

 万物の揺らぎを操ることができる僕ならではの呼びかけのようなものだ。


 僕の目の前には先ほどの黒い渦が凝縮され球体のようになり始めていた。


 理事長先生からは、どうにもならないことが起こったら本気を出して良いと言われている。

 身体中から魔力が霧散する。解放された感じだ。ああ、気持ち良い。


「な、魔力が…ない?」


 どこからか声がした。

 魔力感知出来ないのに、目の前で何か危険なエネルギーの塊のようなものが集まりつつある。

 それは誰が見ても禍々しい、恐ろしい何かだった。


 そうなると、ギルド内は恐慌状態になる。さすが歴戦の冒険者たちである。生命の危機だと理解したようだ。皆声にならない悲鳴、だけならまだしも、失禁や泡を拭いて倒れている人など地獄絵図が展開されていた。まだこの球体をどうするか決めてないのに…。


「ガリオン、先輩でしたっけ? ちゃんと防御してくださいね、でないと知りませんよ」


 ブオン!


 僕は塊を10個ぐらいにわけ、その1つを、容赦なくガリオンという先輩冒険者に飛ばした。

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