第6話-7歳の洗礼と【積分魔法】④
長蛇の列を抜けると、グラルはディクスからもらった銀貨一枚を奉納した。
二礼、二拍手、一礼。神社詣りの時の作法でグラルは銀貨を納めようとした。
「なんだその作法は……!? グラル、いいか? 祈るときはこうするんだ」
そう言ってディクスは銀貨を納めると両手をぴたりと合わせて首を少し下へと傾ける。「これが一般的な祈るときの作法だ」と言ってドヤ顔をグラルに見せていた。
「……分かった。今言った通りにやり直すから銀貨をもう一枚くれ」
「いくら銀貨でも無駄遣いは到底許せることではないな」
「それは残念だな。んじゃあ取引だ。今はまずいから……この洗礼が終わってから父さんに〝能力〟を付与してやるよ。これでどうだ?」
「ふむ……具体的に能力とは何だ?」
「何が出るかは分からない賭け事だ……! さて、どうする? 受けるか?」
「……まあ、いいだろう」
「交渉成立だな」
グラルはディクスから銀貨一枚を受け取ると口元をニヤリと歪めてから、銀貨を奉納した。
そしてお布施の後、グラルは順番に洗礼の間へと案内されていく親子の姿を見ていると、遂にグラルの番となり洗礼の間へ通されたのだった。
「それではグラル様、この立方体の水晶に左手を乗せて下さい」
洗礼の間で待っていたのはルービックキューブ程の大きさで、ルービックキューブの形をした水晶だった。グラルが左手を乗せると、〝あのとき〟と同じ赤、白、黄、青、緑、紫だけでなく、それ以上の光がグラルの左手に集まっていく。
「これは、何だ……?」
グラルがそう言った瞬間、グラルの意識は色の無い光──眩しすぎて色が判別できないほどの光に染められた。
※※※
「お久しぶりですね。グラル……二年ぶりでしょうか?」
「やっぱりピタラス……俺をここへ喚んだのはお前だったのか」
「ええ、それはもちろん。今日は皆の洗礼の日ですからね……」
「皆?」
すると何かを企んだようにピタラスが指をパチリと鳴らした。
「グラル君……だっけ? 【数学の賢者】さん」
「す、【数学の賢者】!? 何言ってんだお前!? そもそも数学なんて知ってる訳が無──」
グラルの真後ろから同い年くらいの良く通る少女の声がグラルの鼓膜を震わせる。
「まさか! まさかお前も……転生者なのか?」
「うん! そうだよ? 私の元々の名前は工藤未知だけど……今はアイズって名前だよ。人呼んで【物理学の勇者】らしいんだけどね……。最初はなんで私が勇者なんだろうって思ったよ……」
「人呼んでないし」
「マジレスしないでよ! 同じ転生者なのに……!!」
【物理学の勇者】、アイズはグラルにニコリと微笑むと少し恥ずかしくなったグラルは視線をそのまま椅子に座って笑みを崩さないピタラスへと向けた。
「お、おいピタラス? もしかしなくても……この世界は数学以外の学問も発展していないのか?」
「そうですね……貴方が2年の間に見てきた通りです」
「だから皆なのか……!」
「他にもまだまだ【地学の支配者】とか【生物学の覇者】とか【化学の不死者】とか沢山いますね……」
「【化学の不死者】は駄目だろ……」
もし、【化学の不死者】がいるものならばマッドサイエンティストであるに違いない。敢えてそれに付け加えるならば、女神とあろうものが不死者を容認するということが神様の観点で問題無いのかということだろう。
──そうグラルは内心で考えていたのがピタラスに伝わってしまったのか、ピタラスが笑みを崩して口を開いた。
「あのですね……不死者は普通にいるんですよ? 寧ろ不死者を殺せという方が難しいんですからね!? アンデッドとか聞いたことあるでしょう!?」
「へえ、そうなのか……」
少し怒り口調でピタラスはグラルに説明するが、グラルにとってはただの言い訳にしか聞こえていなかった。
「本当に分かってますか? こちらも貴方がたのサポートも含めて大変なんですから!!」
「実際分かってるから安心しろ。ちょっとしたジョークだからな……」
「ジョークにしては酷すぎません!? 貴方はやはりもう少し女性の扱いというものを知るべきです!」
話がどんどんややこしくなり、なんと最後にはグラルの女性の扱い云々の話にまで飛躍してしまった。
──そして実際にその関連で黒歴史のあるグラルとピタラスの間に束の間の沈黙が流れる。
「……ほら見なさい! やっぱり貴方にその自覚というものがあるんじゃないですか!!」
「落、ち、着、け、俺!?」
グラルの口から「うるさい」だとか「少し黙れ」などと言う前に「言葉に翻弄されている」ことに気がついてしまい、自分への言葉が先走ったのだ。
その結果、自分に言い聞かせるような言葉がグラルの口から飛び出てしまった。
「もう! ピタラスも【数学の賢者】さんも落ち着いてぇぇぇぇぇぇ!!」
この今にも言葉の戦争が勃発してしまいそうな状況に我慢できなくなったアイズが歯止めをかけた。
「「…………」」
両者ともに沈黙する。
そして気がついたのだった。
──〝話が最初の目的と掛け離れている〟ということに。
「こほんっ、では話を戻しましょうか」
「おいおい……」
そして、当初の目的──転生者についての話に戻ったのである。
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