第5話-7歳の洗礼と【積分魔法】③

「さて、グラル……何が言いたいか分かっているな?」

「ああ、さっきの魔法のことだろ?」


 王都に到着するなり、グラルが予想していた通りにディクスはグラルを問い詰めた。

 その内容は勿論、盗賊との戦いで見せた〝あの魔法〟についてである。


「まあ禁止はされていないし、話してもいいか……」

「何の話だ……グラル?私はあの魔法について聞いているのだが? あのような魔法は見たこともない……!」

「この世界には〝数学〟という学問が発展してないから知らないのかもしれないが、さっき俺が使ったのは【積分魔法】っと言ってだな……あ、積分は数学を突き詰めていくとそのうち理解できるようになる魔法の言葉なんだが、この世界でも積分は〝次元の追加〟を意味するみたいで……正直助かったと思っている。もし積分の定義が違っていれば、盗賊たちを撃退できたか怪しかったからな……!」

「お前は、誰だ……!?」


 ディクスは急に様相を変えたグラルに恐怖で顔を怯えさせながらも、自分の知っている息子とは何かが違うことに──すなわち誰かに乗っ取られたのかと思って激しい憤りを覚えた。


「誰だと言われてもな。正真正銘のグラル・フォン・インテグラとしか……」

「う、嘘だ! 私の息子はそのような邪悪な笑みを浮かべたりはしない!!」

「あのなぁ……俺は5歳の時に記憶の封印が解けて全てを思い出したんだから仕方ないだろう。ピタラスとこの世界の学問を発展させることを約束したんだからな!」

「ぴ、ピタラス様……だと!? ゆ、唯一神様に会った……!?」


 女神ピタラスは当然と言うべきか、この学問が発展していない世界を管理している唯一の神である。ピタラスを心から信仰している〝一神教会〟からすれば、神への冒涜だと否定的な言葉が飛び交うのかもしれないが、グラルにとってはれっきとした事実であった。


「ああ、概ねその通りだな。だから数学を発展させるために俺は転生したという訳だ」

「まさか……! あの時の発熱か!!」

「恐らくな」

「くっ……! 本当ならば一刻も早くグラルの身体から出て行って欲しいところだが、これはピタラス様の神託のようなものだ。無視することは出来ないな……。いいだろう、数学とやらを発展させればお前の役目は終わるのだろう? 私の息子に取り憑いてるのは断じて許せんがな」

「だから取り憑いてる訳じゃねぇんだが……」

「私の子はそのような邪悪な笑みを浮かべたりはしない!」

「話聞けよ」

「それは無理だ!!」

「じゃあ! 役割を果たしたら〝ここ〟から出ていってやるからそれで文句ないか?」

「っ……!? 分かった。いいだろう」


 一向に耳を傾けようとしないディクスに軽い苛立ちを覚えながらも、グラルは言葉を続けて『数学を広めるという目的を果たしたらここから出ていく』という約束を結んだ。親子同士で敵対しないように。

 ──その瞬間、グラルの口元がニヤリと歪むがディクスはそのことに気がついていなかった。



 ***



 そして、グラルは王都にある一神教会の本殿へと向かう。グラルの他にも洗礼を受けようと沢山の親子の姿が本殿へ向かう途中にあった。


(なんかこうして見ると七五三みてぇだな……)


 グラルは七五三と洗礼が何となく似ていることに気がつく。流石に着物を身につけている者はいないが妙におめかしした女子がいたりと、グラルに七五三を思い起こさせた。


「洗礼を受ける方は本殿にてお布施をされてから案内致しますので、銀貨1枚の準備をお願い致しします」


 本来、お布施で払う金額は各個人で自由に設定できるのだが、固定されているということはすなわち、洗礼に必要なものを取り揃えるための金額を含んでいるということだ。

 そしてグラルは洗礼のため、ディクス同伴で本殿の中に入った。


(うおおおおおおおおおお!!)


 グラルは心の中で思わず感嘆の声をもらした。

 本殿の中は天井に木製の格子がついており、角材が交わる部分に垂直な柱が並んでいる。それに加えて神社に良く似た造りとなっており屋根は勿論、壁や床も木造の建築物となっている。


「父さん、お布施を頼んだ」

「誰がお前の父さんだ。私はそんな息子を知らん……!」

(まだ言ってるのかよ……!)


 グラルはそのように内心思いながらも、足を動かして列に並ぶ。

 列は本殿て行く途中でかなりの人数の親子の姿があったので、当然のように長い長蛇の列である。


「あとどれくらいかかるんだ……?」


 よりによって暇な時間があるならば、数学の問題を解きたいと思わずにはいられないグラルであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る