『そこに君がいなくても』
そこに君がいなくても(1)
“青い春”だなんて言ったりするが、高校時代を例えるとすれば、その季節は夏だと思う。
無遠慮に手加減なく眩しくて、むせかえるほど蒸し暑くて、汗だくになりながら早く過ぎ去ってほしいと願うのに、過ぎてしまえばやがてその熱を懐かしく求めるようになる。
今でこそこんな感じの僕だけど、高校生だったこの頃はもう少し純真で、向こう見ずで……取り返しのつかない選択ミスが人生にあるなんて、まだ想像さえもしたことがなかった。
思春期を引きずった17歳の僕ならこんなふうに言うだろう。
――恋とは、時間を超える唯一の方法だ。
* * *
「ねえ、ダメだよ。
重ねた唇をそっと離して、彼女は言う。
その唇の感触を起点に、あいまいだった彼女の輪郭が形作られていく。
「私は、少し凍えて飢えているぐらいがちょうどいいの」
その口ぶりは、同い年だとはとても思えない。
声だけ聞けばむしろ少し舌っ足らずで、幼ささえ感じるのに、ひどく大人びた言い回しで、彼女は――三羽董子は静かに微笑む。
「世の中にはね、
ああ、そうだ。彼女はそうやって笑って、破滅へと踏み込んでいくんだろう。
これはいつ、どこだったっけ。僕は記憶を探る。
夏休み。蝉の声がやたらとうるさくて。
そう、これは、彼女と最後に会った日だ。
高校時代、最初で最後のキスだった。
あれがたぶん、僕の人生における最初の、取り返しのつかない失敗だった。
人込みの中で、彼女に似た黒髪の後ろ姿を見かけたとき。あのころ街に流れていた音楽をふと耳にしたとき。いつか彼女との会話の中で使った言い回しを、意図せず繰り返してしまったとき。
その面影が脳裏をよぎるたび、ところかまわず転げまわって叫び出してしまいそうになるので、記憶がそこに差し掛かろうとするたび、反射的に思考を飛ばしてきた。
熱い何かにうっかり触れて、思わず手を引っ込めるみたいに。
* * *
「――思い出してくれた?」
そう語り掛けるかのように、記憶の中の彼女が微笑む。
あの日、最後に見た笑顔のままに。
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